No.2 |
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ウエルカム・ハウス Welcome House |
屋内展示館案内
屋内展示場の一部は無料
屋内展示館の内ミュージアム・ショップやカフェレストランなどは自由に利用できますが実機展示場などは有料です。
入場料は大人:千円、高校生・シルバー:700円、小中学生:500円
半券があればその日は出入り自由です。
入館券は入り口近くにある自動券売機で購入します。 |
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入り口右にはミュージアム・ショップがあります。 |
ミュージアム・ショップ「ぶるうすかい2」には航空フアン |
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ミュージアムショップ「ブルーウイングス」 |
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入り口左にはカフェレストラン「ブルーウイングス」があります。 |
カフェレストラン「ぶるぅすかい」 |
それでは展示場へ入りましょう
まず「No.1ウエルカムハウス」から見学しましょう。
日本の航空機産業の草分けであり、各務原飛行場で誕生した第一号機サルムソン2A-2型機(復元)が我々を迎えてくれます。
各務原ゆかりの飛行機について、模型や展示パネルなどで紹介しているほか、各務原で多くの航空機を生み出した、
土井武夫技師の業績を紹介したコーナーも設けられています。
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ウエルカムハウスの中央にはサルムソン2A-2型機が飾られています。 |
このコーナーには大正から昭和初期にかけて陸軍主力戦闘機として各務原の空を飛んだ名機の紹介が
甲式四型戦闘機 |
Type Ko-4 Fighter(Nieuporl 29C1 |
本機は乙式一型偵察機についで日本で量産化(654機) 1933年(昭和8年)頃までの陸軍初期の戦闘機です。
各務原は当時陸軍最大の飛行基地であり、本機は戦闘訓練
フランスのニューポール社の設計で巡航速度は125km/h 胴体は木製合板張りの構造でした。 |
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川西K-12(長距離機)「桜号」 |
Kawanishi K-12 Trans-Pacific Airplane”Sakura-gou" |
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1927年(昭和2年)リンドバークは大西洋横断に成功する。
この年の8月、全国飛行教会は国産機による太平洋無着陸 横断飛行を企画しました。 来たい設計は川西機会製作所で経験豊かな関口英二技師に 委嘱しました。 翌年に2期が完成し、各務原で試験飛行が行われました。 岐阜・犬山・一宮の三角コースでの航続試験結果から川西は 2号機が7,560kmとびことができると主張しましたが、 逓信省航空局は、来たい強度と性能計算によって航続性能は 5,670kmと判断し、計画の中止を命じました。 |
全 幅 | 19.1m | ||
全 長 | 11.6m | |||
全 高 | 3.4m | |||
エンジン | 川崎ベー・エム・ベー6 水冷 V型12気筒 500HP |
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主翼面積 | 57.0u | |||
縦横比 | 6.4 | |||
翼 型 | ゲッチンゲン No280 | |||
全備重量 | 5.500kg | |||
翼面荷重 | 96.5kg/u | |||
最高速度 | 210km/h | |||
上昇力 | 1,500mまで20分 | |||
航続距離 | 5,500km(メーカー計測7,250km) | |||
構 造 | 単発、高翼単葉 翼=木製骨組 合板及び羽布張り 胴体=金属製骨組 羽布張り |
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メーカー | 川西機会(現・新明和工業梶j |
太平洋無着陸横断飛行を夢見ながら、逓信省に飛行計画が許可されなかった不運の長距離機 |
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八八式偵察機 川崎KDA-2 |
Type88Reconnaissance-plane(KawasakiKDA=) |
外国技術習得から技術習得へ、木製機から金属機へ移り変わる過程で日本の航空技術に大きく貢献した機です。 |
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1925年(大正14年)、利区分が指示した偵察機競争試作に応じて
川崎造船所は、ドイツ人フォークト博士の指導によって、全金属製骨格 の画期的な機体を開発しました。 1927年(昭和2年)、各務原で初飛行がおこなわれ、速度の検定には 国鉄高山線の直線部分(現在の蘇原駅付近)が利用されました。 翌年これが制式機に採用されて、1932年(昭和7年)までの間に、 爆撃機型も含めて1,117機が生産されました。 八八式シリーズの開発経験によって川崎は、航空機開発の基礎が 築かれたといわれるようになりました。 |
全 幅 | 15.0m |
全 長 | 12.8m | |
全 高 | 3.4m | |
エンジン | 川崎ベー・エム・ベー6 水冷 V型12気筒 450HP |
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主翼面積 | 48.0u | |
縦横比 | 8.0 | |
翼 型 | ゲッチンゲン No481 | |
全備重量 | 2,800kg | |
翼面荷重 | 58.6kg/u | |
馬力荷重 | 6.33kg/HP | |
最高速度 | 220km/h | |
上昇力 | 3,000kmまで16分 | |
航続時間 | 6時間 | |
構 造 | 単発、複葉 全金属製骨組 羽布張り |
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メーカー | 川崎造船所(現・川崎重工梶j |
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日本航空史上最大の巨大機、見る人すべてを驚嘆させた雄大な姿を昭和初期の空に浮かべた長距離爆撃機
九二式重爆撃機 |
Type92 Heavy-Bomber(Mitsubishi Ki-20) |
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三菱航空機鰍ェ、1928年(昭和3年)、ドイツのユンカース社から、 g−38旅客機を改造したk−51爆撃機の製造権を購入しました。 仲田信四郎技師を中心に一部改良が行われたが、生産に 時間がかかりすぎたことなどから6機で製造が打ち切られました。 あまりの大きさに、三菱の大江工場から陸路運送ができず、 分解して木曽川を引き舟で、各務原、まで運ばれました。 この機の製造を通して、三菱は全金属製の大型機の製造と 新しい生産方式、設計システムなどを習得し、 後々まで三菱の大きな資産となりました |
全 幅 | 44.0m | ||
全 長 | 23.2m | |||
全 高 | 7.0m | |||
エンジン | ユンカ−ス式1型 水冷 V型12気筒 500HP |
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主翼面積 | 294.0u | |||
縦横比 | 6.8 | |||
翼 型 | 不明 | |||
全備重量 | 25、480kg | |||
翼面荷重 | 86.6kg/u | |||
最高速度 | 200km/h | |||
上昇力 | 2,000mまで26分30秒 | |||
航続距離 | 2,500km | |||
構 造 | 4発、中翼単葉 全金属製骨組 |
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メーカー | ユンカース社、三菱重工梶j |
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九五式戦闘機(キー10) 本気は、1935年(昭和10年)三月に初飛行して、 合計580機生産されました。 日中戦争で使用された実戦最後の複葉機であります。 |
九九式双発軽爆撃機(キー48) 本気は、1939年(昭和14年)に初飛行しました。 実用性が高く、運動性に優れていたため他用途に長期間に渡って、 1,970機も生産されました。 展示模型は、樺太に配備された機体をモデルにしており、寒冷地 で使用されたワッサーカウリングを装備したものです。 |
国産の高速偵察機として開発され東京ロンドン間で驚異的記録を打ちたて、世界にその名を広めた傑作機
三菱式雁型通信連絡機「神風」 |
Mitsubishi Karigane Communication-Plane(Mitsubishi Ki-15) |
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1937年(昭和12年)3月25日、各務原における飛行試験の後
朝日新聞社に引き渡され他「神風号」は、4月6日〜10日、 東京〜ロンドン間の都市連絡国際記録を樹立し、 世界の注目を浴びました。 この機はもともと三菱重工業鰍ナ河野文彦技師を中心に、速度優先の 設計に徹した陸軍用の遠距離偵察機として開発されたものです。 この高速性能に着目した朝日新聞社が、特に懇願して試作2号機の 払い下げを受けたのが「神風号」です。 外国技術の模倣期を脱し、我が国航空技術が独自の道を歩み始めた ことを実証した機体でもあります。 |
全 幅 | 12.0m |
全 長 | 8.5m | |
全 高 | 3.4m | |
エンジン | 九四式(ハ8) 空冷 星型9気筒 580HP |
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主翼面積 | 24.0u | |
縦横比 | 7.1 | |
翼 型 | 不明 | |
全備重量 | 2、300kg | |
翼面荷重 | 95.8kg/u | |
最高速度 | 500km/h | |
上昇力 | 5,000mまで8分27秒 | |
航続距離 | 2,400km | |
構 造 | 単発、低翼単葉 超ジュラルミン製 セミ・モノコック構造 |
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メーカー | 三菱重工 |
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三菱双発輸送機「ニッポン号」 |
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1939年(昭和14年)7月7日、各務原から東京へ空輸された
「ニッポン号」は、訓練試験飛行を経て、8月26日〜10月20日 にかけて5大陸と太平洋、大西洋の2大洋、20ケ国を翔破し、 世界一周神前飛行に成功しました。 この機は三菱重工業鰍ナ本庄季郎技師を中心に開発された 海軍の96式中型陸上攻撃機が原型で、毎日新聞社が企画した 世界一周飛行を実現するため長距離気用に改造されたものです。 日本の航空技術の優秀性を世界に示すとともに、 この機の信頼性が高いことも実証されました。 |
全 幅 | 25.0m |
全 長 | 16.5m | |
全 高 | 4.5m | |
エンジン | 三菱「金星」 空冷複列星型 14気筒 900HP |
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主翼面積 | 75.0u | |
縦横比 | 7.1 | |
翼 型 | ブラックバーン社 B-9 | |
全備重量 | 9,200kg | |
翼面荷重 | 122.6kg/u | |
最高速度 | 340km/h | |
上昇力 | 3,000mまで8分49秒 | |
航続距離 | 3,500km | |
構 造 | 双発、中翼単葉 超ジュラルミン製 セミ・モノコック構造 |
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メーカー | 三菱重工業 |
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海軍中型攻撃機として独自の技術で開発、国産初の世界一周飛行を成し遂げ、航空技術の自立を確かなものとした名機
零式艦上戦闘機「零戦」
62-18 |
Type Zero Carrier-based Fighter"Zero-sen” |
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第二次大戦中の最優秀機の一つで「ある「零戦」。
その原型機は、各務原で初飛行に成功しました。 1939年(昭和14年)4月1日午後5時30分のことでした。 高性能と格闘性能さらには長大な航続力を合わせ持つ本機は 三菱重工鰍フ堀越二郎技師を中心として開発されました。 超超ジュラルミンの採用や数グラムの無駄まで省いた極限の 軽量化などで要求された性能を満たしました。 各務原での飛行試験は4ケ月半、総飛行回数は119回、 総飛行時間43時間26分でした。 終戦までに各種改良型を含め合計1万430機が生産されました。 |
全 幅 | 12.0m |
全 長 | 8.8m | |
全 高 | 3.5m | |
エンジン | 「 」十三型 空冷 列星型14気筒 785HP |
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主翼面積 | 22.4u | |
縦横比 | 6.4 | |
翼 型 | 三菱118型 | |
全備重量 | 2,343kg | |
翼面荷重 | 104kg/u | |
馬力荷重 | ||
最高速度 | 275km/h | |
上昇力 | 5,000mまで7分15秒 | |
航続距離 | ||
構 造 | 単発、低翼単葉 セミ・モノコック構造 |
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メーカー | 三菱重工 |
ゼロ戦についての詳細は「零戦、米国の空に舞う」をご覧下さい。
「零戦、米国の空に舞う」へ
運動性、航続力、戦闘力、すべてにおて世界トップレベルに迫る、日本航空技術史上艦上戦闘機の傑作 |
高速、運動性能を追求した陸軍主力戦闘機、日本では数少ない水冷エンジンを装備し「飛燕」の名にふさわしい姿の戦闘機
三式戦闘機 「飛燕」 キー61 41-69 |
Type 3 Fighter ”Hien” |
1943年(昭和18年)に採用された陸軍最終時期の主力戦闘機。
スピードと武装重視の重戦闘機と格闘性重視の軽戦闘機の 利点を兼ね備えていました。 川崎航空機工業鰍フ土井武夫技師の設計で、各務原で最も 大量に生産されました。 ピーク時には月産約200機に達し、同系の五式戦闘機を含めて 3,285機が作られました。 水冷エンジンの装備で胴体断面積を小さくし、時速610kmの 高速を記録しました。 主翼の形を細くして、上昇性と運動性の向上を図っていました。 |
全 幅 | 12.0m |
全 長 | 8.9m | |
全 高 | 3.7m | |
エンジン | ハー42式 水冷倒立V型 12気筒 1,100HP |
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主翼面積 | 20.0u | |
縦横比 | 7.2 | |
翼 型 | 2R162400G | |
全備重量 | 3,130kg | |
翼面荷重 | 185.5kg/u | |
馬力荷重 | 2.8kg/HP | |
最高速度 | 581km/h | |
上昇力 | 5,000mまで5分30秒 | |
航続距離 | 600km | |
構 造 | 単発、低翼単葉 ジュラルミン製 セミ・モノコック構造 |
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メーカー | 川崎航空機(現・川崎重工梶j |
Kawasaki Ki-61 当時、優れた性能を誇ったヨーロッパ製航空機は、 |
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キー100ー星型エンジン搭載機 陸軍は、川崎に対してキー61U改に、1,500馬力の三菱型14気筒星型エンジン(ハー112-U)の搭載を指示し、川崎はこれを12週間で完成させました。 |
ニューギニア上空でキー61を初めて目にした米軍パイロットは、 |
各務原で最初に量産された飛行機 |
Otsu-1 Reconnalssance-plane(Salmson2A-2) |
緒 元/全 幅 :11.8m | 全備重量 :1,500kg |
全 長 : 8.8m | 翼面荷重 : 40.2kg/u |
全 高 : 3.1m | 馬力荷重 : 8.52kg/HP |
エンジン : 川崎サルムソンAZ-9 | 性 能/最高速度 :156km/h |
水冷 星型 9気筒 230HP | 上 昇 力 :3,000mまで11分42秒 |
翼 面 積 : 37.3m | 航続時間 :3.5時間 |
縦横比 : 7.0 | 構 造/単発 複葉 木製骨組/羽布張り |
翼 型 : | メーカー/(仏)サルムソン/川崎航空機(現・川崎重工業) |
各務原飛行場で初飛行した飛行機 Airplanes which made thler flight at Kakamigahara 昭和の初期まで各務原飛行場は、わが国最大の飛行場でありました。 川崎航空機(現・川崎重工業)のほか三菱航空機(現・三菱重工業)の工場もあったことから、 多くの川崎機、三菱機が初飛行しています。 長い滑走路を活用して初期の川西航空機(現・新明和航空機)、愛知航空機(現・愛知機械工業)などの飛行機も飛んでいます。 複葉機の時代からジェット機の時代まで、各務原はわが国航空技術開発の中心であり続けています。 |
土井武夫技師の飛行機開発 |
History of engineer Takeo Doi's Airplane Development |
土井技師は、1927年(昭和2年)川崎造船所に入社後、 終戦までの19年間に多くの飛行機設計に携わりました。 正面にある飛行機試作状況(工程表)は、土井技師193年から1945年にかけて取り組んだ仕事ぶりをしめすものです。 横に惹かれた太線は、1機の飛行機の設計、試作、飛行試験の工程を示しています。 この工程表から、土井技師がわずか8年間に、改造機種を含めると22機種にのぼる飛行機を開発、設計していたことが分かります。 なかでも九二式戦闘機、九五式戦闘機、九九式双発軽爆撃機、二式複座戦闘機「 」、三式戦闘機「飛燕」は傑作機として数多く生産されました |
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次はテーマハウスへ移動します
かかみがはら航空宇宙博物館・テーマハウス
ジョージ・ケイルの模型飛行機、リリエンタール兄弟のグライダー、ライト兄弟のプロペラ機、ポール・コルニュのヘリコプター、
エルンスト・ハイケルのターボジェット、日本最初の動力飛行「日野飯蔵」、国産第1号の飛行船(山田猪三郎)と飛行機(日野飯蔵)
世界記録を作った飛行機「航研機」、アリソン社製液冷V型12気筒エンジン、OH-6J連絡輸送ヘリコプター、ハンズ・クラーデの単葉機、
プラット・アンド・ホイット社空冷星型9気筒レシプロ・エンジン「R-1340-AN-1」、石川島播磨重工「J3ターボジェット・エンジン」、
石川島播磨重工「T64ターボジェット・エンジン」、石川島播磨重工「T58ターボジエット・エンジン」などが展示されています。
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テーマハウス Theme House |
飛行機・ロケットや宇宙船などの原理や仕組みを、様々な実験装置や紙飛行機の設計なども体験しながら、
わかりやすく理解していただく科学館です。
入り口のウエルカムハウスから実機展示場を横に見ながら2階へ上がります。
飛行機・ロケットなどの原理や仕組みを、様々な実験装置や紙飛行機の設計なども体験しながら、
分かりやすく理解するための科学館です。
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「飛鳥」をはじめ大小の実機を見下ろしながら2階のテーマハウスへ向かいます。 |
航空力学への満ちを拓く
イギリスの科学者、発明家 1773〜1857
1849年 ジョージ・ケイレーと模型飛行機 |
George Cayley and His Model |
初期の有人気球が、ようやく飛べるようになった1783年頃、 ケイレーは飛行船・グライダー・飛行機について、考察を深め 実験を繰り返していました。 そして翼に作用する空気力は、揚力と抗力にわけられりこと、 空気抵抗に打ち勝って飛行機を前進させるには、推進力 (エンジン)が必要なこと等に着目して論文や図面を作りました。 これが後世の研究家達の貴重な参考資料となりました。 1799年に、固定翼グライダーの図および翼型におよぼす揚力、 抗力・推力の力学的な関係を表した図を考えました。 また、1849年には三葉グライダーを造って、使用人を乗せて 斜面を人力で引っ張り、数百mの滑空をしたと伝えられています。 |
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ケイレーの三葉グライダー 諸 元 / 全 幅: 4.6m |
世界最初のグライダー開拓者 ドイツのグライダー先駆者、航空工学者
兄 Otto Lilienthal(1848〜1896) 弟 Gustay Lilienthal(1849〜1933)
1891年 リリエンタール兄弟とグライダー |
Lilienthal Brothers and Their Gliders |
ドイツ人土木技師「飛行術の基礎としての鳥の飛翔」を発行 1889年に、リリエンタール兄弟は、これまでの25年におよぶグライダーの研究をまとめて出版した書には航空額の 独創的な研究や考察がまとめられていました。この本だけでもかれらの功績は大きいと言われました。 1891年からは、翼幅と翼面積と機体重量とを系統的に組み合わせて、単翼5機、複翼3機のグライダーを造りました。 兄リリエンタールは1896年にシュテレンに近いリノヴェル山から滑空中に突風に合って墜落し、翌日息を引き取りました。 |
緒元/全 幅 上翼 : 6.0m 構造/一部竹製骨組 下翼 : 7.0m 綿布張り 全 長 5.2m 全 高 3.0m |
リリエンタールの事故死によって、パイロットの体重移動の横 |
1903年12月17日 世界最初の動力有人飛行に成功。
ライト兄弟(兄WilburWright1867〜1912、弟OrvilleWright1871〜1948)アメリカ
1903年 ライト兄弟とプロペラ機 |
Wright Brothers and Their Propliar plane |
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1800年代後半には、ガソリンエンジン・グライダーの実験化が進みました。 1903年の冬、アメリカ東部の北カロライナ州の海岸で「フライヤー号」複葉機(12馬力)は飛びました。 |
ライド機の操縦法 |
ミシン技術者だった兄弟はミシンの技術を生かし、 |
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1903年の偉業の後 |
実験用風洞装置。 |
ほとんどの部分が兄弟の手作りによるエンジン |
ライト兄弟のフライヤー機については
新千歳空港の「ちとせ・大空の夢アミュージアム」のページにも記事があります。
「ちとせ・大空の夢アミュージアム」へ”飛ぶ”
エンジンからチエーンで二つのプロペラへ動力を伝え |
飛び立つまでは台車の上に載せ助手がバランスを取りながら |
緒元/全 幅 12.3m 全 長 6.4m 全 高 2.5m エンジン 水冷直列4気筒12HP 水平置き 主翼面積 47.4u |
全備重量 340.7kg
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世界最初のヘリコプターの飛行に成功。
1936年 ポール・コルニュのヘリコプター |
Paul Cornu 生没年不詳 フランス |
ヘリコプターの歴史は飛行機よりむしろ古いが、構造が複雑であるために飛行機の急速な進歩に比べ、ヘリコプターの実用化は約40年遅れました。
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1907年11月フランスのコルニュは20秒間、高度2m以下の垂直昇降だけであったが、人間を乗せて初めての飛行に成功しました。 この空飛ぶ自転車号は、前後に大きなうちわのような回転翼をつけ、車輪をベルと掛けで反対方向に回し、 |
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1923年スペインのペスカラや、1936年フランスのポレゲーが優秀な 操縦機構を有する同軸反転式のヘリコプターを開発、1937年ドイツの フォッケはFa61型並列ローター式で初の自動回転着陸に成功しました。 1939年ロシアからアメリカへ帰化したシコルスキーはシコルスキーVS-300A |
1936年、フランスのプレゲーとドーランが作った同軸反転 |
1939年8月27日 世界最初のターボジェット機の飛行に成功しました。
1939年 エルンスト・ハインケルのターボジエット |
Ernest Heinkel(1888〜1958) and his Turbojet Plane |
特許ではイギリスが5年早い しかしイギリスでは開発が遅れて、1936年に初めてW.1型の研究が始まりました。 |
3.77KNの推力を持つガスタービン・エンジンを搭載 |
緒元/全 幅 7.2m 全 長 7.5m 全 高 2.1m エンジン 主翼面積 9.1u |
全備重量 1,980kg 翼綿荷重 210kg/u 馬力荷重 4.5kg/kg 性能/最高速度 700km/h |
日本で最初の動力飛行機 |
The First Propeller plane in Japan |
1910年(明治43年)に、徳川好敏はフランスで飛行術を習ったうえ、 日野飯蔵はドイツで飛行術を習い、ハンス・グラーデ単葉機を購入 |
国産第一号の飛行船と飛行機 |
The First Japanese Airship and Airplane |
山田猪三郎は、1910年(明治43年)に、独力で山田式一号飛行船を 同じ頃、奈良原三次男爵も、自費で複葉機を製作しましたが、1号機は |
1910年 日野熊蔵 |
1944年 世界記録をつくった飛行機 |
The Airplanes that Established Worid Records |
航空研究所長距離機は、東大研究所が設計し、東京瓦斯電気工業が製作した長距離機で、1938年(昭和13年)5月に藤田雄蔵ら3人が乗って、関東平野のコースを29週しました。 1万1,651.01km(62時間22分49秒)の記録は、FAI(国際航空連盟)〜公認されました。 1944年(昭和19年)7月に、小俣寿雄ら6人が乗り、満州平野(中国東北地方)のコースを19周しました。 |
プロペラのやくわり |
Function of Propelers |
プロペラのブレード(羽根)の断面は、主翼の翼型と同じと考えてよい。 従って、ブレードの後面の圧力は高く、前面の圧力は低くなる。 |
人力飛行機 可変ピッチプロペラ |
FA-200用マッコーレ油圧定速プロペラ |
可変ピッチプロペラ 定速型 フエザリング型 リバーシング型 |
校式一型試作偵察機 ホ式150HP レ型プロペラ |
固定ピッチプロペラ |
V型エンジン |
V-Type Engine |
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形 式 : 液冷V型12気筒レシプロエンジン 公転速度 : 3,000rpm 行程容量 : 28,027g 圧 縮 比 : 6.65:1 緒元/重 量: 613kg 全長: 2,400mm 全幅: 800mm 全高: 930mm 搭載航空機: P-40戦闘機、P-51戦闘機、P-38戦闘機 メーカー : アリソン社公称馬力:1,425HP |
OH-6J 連絡観測ヘリコプター |
KAWASAKI-Hughes OH-6J Obseration Helicopter |
原型モデルヒューズOH-6カイユース(Cayuse) |
緒 元/胴 体 長 :2.6m 全 長 :9.2m 全 高 :2.7m ローター径 :8.0m エンジン :CT63-M-SA ターボシャフトエンジン278HP 全ブレード面積:2.75u 翼 型 :NACA0015 全備重量 :1,160kg 円板荷重 :23.0kg 馬力荷重 :4.16kg/HP 性 能/最高速度 :243km/h 搭載重量 :620kg 航続距離 :515km |
アメリカ陸軍の軽観測ヘリコプター計画(1960〜1965)によって 川崎重工業鰍ヘ1961年(昭和43年)から1995年(平成7年)までに、
構 造/アルミ合金製セミモノコック構造 |
半関節式4翅ローター この型は、運動性・高速性および燃料経済性につながる低抵抗に主眼を置き、 当時としては異色の半関節式4翅ローターを採用していました。 各ローター・ブレードは、従来方式のようにフラッピング/フェザリングに自由度を待たせたヒンジを介してバブに連結するのではなく 合計15本のステンレス製ストラップで向かい側の対となるブレード同士で結ばれていました。 この方式によって機構が大幅に簡素化され、ローターの4翅化で維持費用も抑えることができました。 また、ローターの回転面の小径化によって、操縦への反応や低振動、高速性が向上しました。 |
テール
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低抵抗 |
OH−6J観測へりの操縦体験コーナー
各務原航空宇宙ミュージアム・ウエルカムハウス
各務原で生まれた甲式四型戦闘機、川西k-12「桜号」、八八式偵察機「川西KDA-2」、九二式重爆撃機「キ-20」、
三菱式雁型通信連絡機「神風」キー15、三菱双発輸送機「ニッポン号」、零式艦上戦闘機「A6M1〜8」、
三式戦闘機「飛燕」キー61等のコーナーがあります。
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体験は無料 |
実機に乗込み操縦すると、前のかごの中の模型のヘリが連動して飛び立ちます。 | |
スロットルレバー |
ペダル |
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無料
模擬コントロールで目の前のヘリコプターが操作に合わせて動きます。
2階フロアーから見た実機展示場
飛鳥が大きな機体を横たえています |
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川崎重工業が自慢のヘリがイッパイ |
天井にはグライダーが |
富士重工式 FA-200-180型軽飛行機 |
FUJI Aero Subaru |
298機も生産された人気軽飛行機 |
機体は主翼と水平尾翼の平面形を矩形にして同一断面にしたり、 |
緒 元/ 全 幅 : 9.4m 全 長 : 8.0m 全 高 : 2.6m エンジン :ライカミングIO-360-B1B 空冷式水平対向型4気筒180HP 主翼面積 : 14.0 縦横比 :6.3 翼 型 :U−615M |
全備重量 :1.150kg 翼面荷重 :82.1kgu 馬力荷重 :6.4kg/HP 性 能 / 最高速度 :230km/h 上昇率 :232m/分 航続距離 :999km 構 造 / アルミ合金製セミ・モノコック構造 メーカー / 富士重工業 |
風洞実験装置 |
最大風速 :15m/sec(54km/h)
測定部断面:50cm×50cm モーター出力: 3.7kw |
風洞のしくみ |
ジェットエンジンの開発 |
Development of the Turbofan Engine |
試験用ジェットエンジンを下げた試験機 |
ガスタービンエンジン |
ターボファンエンジン |
ターボプロップエンジン |
ターボシャフトエンジン |
星型エンジン |
R-1340-AN-1 |
形 式 :空冷星型9気筒レシプロエンジン 公 称 馬 力 :600HP 回 転 速 度 :2,700rpm 行 程 容 量 :21.902g 圧 縮 比 :6.80:1 重 量 :392kg |
2フロアーから見た実機展示場
ここから1Fへ階段を降ります。
J3ターボジェットエンジン |
J3 Turbojet Engine |
戦後初の国産ターボジェットエンジン |
形 式 :ターボジェットエンジン 推 力 :1,400kg 圧 縮 機 :軸流 8段 圧 縮 比 :4.5:1 タービン :軸流 1段 重 量 :382kg |
T64ターボプロップエンジン |
T64 Turboprop Engine |
原型はアメリカGE社が1955年(昭和30年)から開発に着手した このため、P2J搭載時の振動やPS1搭載時の軸受け破損 |
形 式 :ターボジェットエンジン 推 力 :3,060ESHP 圧 縮 機 :軸流 14段 圧 縮 比 :12.5:1 タービン :軸流 (高圧)2段 (低圧)2段 重 量 :544kg |
T58ターボシャフトエンジン |
T58 Turboshaft Engine |
原型はアメリカDE社が米海軍のヘリコプター用に開発した もので1960年(昭和35年)に技術提携が締結されました。 小型で大馬力を出すため、当時最高の加工技術が大幅に 採用されていたが、提携先からの技術資料はごく 一部しか入手できなかった。 このため国産化にあたっては工作機械の開発など独自の |
形 式 :ターボジェットエンジン 推 力 :1,500ESHP 圧 縮 機 :軸流 10段 圧 縮 比 : タービン :軸流 (高圧)1段 (低圧)2段 重 量 : 152kg |
XF3-30 ターボファンエンジン |
このエンジンは、航空自衛隊のT−4中等練習機用に開発された |
諸 元 /製造会社 :石川島播磨重工(国内開発) 推 力 :1,670kg 圧 縮 機 : 軸流5段 タービン段数: 低圧1段、高圧1段 バイパス比 : 0.9 全 長 : 約2m 直 径 : 56cm 重 量 :340kg |
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T-4の設計から製作まで |
From Design to Production-Mediu |
設計作業は、防衛庁技術研究本部指導のもとで、まず機体の 形状やエンジン、構造、装備品などの基本を定め、その方針に もとづいて川崎重工業を中心とする国内航空機メーカーが、 詳細な設計・開発試験を行いました。 これと並行して多くの風洞試験や飛行シュミレーターによる操縦 4機の試作機は、技術研究本部および、航空自衛隊航空実験団 によって詳細にテストされ、その結果、川崎重工業で量産に入りま した。 |
この模型はT−4の低速時の飛行の様子を調べるために作られ たものです。 この模型を風洞の中に取り付け、時速約200kっ間での風を吹か せてさまざまなデーターを取ります。 たとえば模型の姿勢を変えて、その時に発生する揚力や 抵抗等を計ります。 この他、模型の昇降舵や補助翼などの角度を変えて舵の機器 を調べたり、脚の出し入れによる抵抗の変化などを計ります。 これらのデータは、T-4の飛行性能を推測したり、飛行シュミレ ータによるテストパイロットの飛行確認に役立てられます。 |
紙ひこうき教室 |
宇宙教室 |
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ここから実機展示場へ出ます。