かかみがはら航空宇宙博物館・屋外展示機
屋外展示場にはSA316BアルエットV型ヘリコプター、V-107A輸送ヘリコプター、TS-11A-500R中型輸送機、
US-1A救難飛行艇、P-2J対潜哨戒機が展示されています。
No.1 |
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屋外施設 Open-Air Amenities |
場所:岐阜県各務原市下切町5丁目1番地
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駐車場は無料
博物館前には広い駐車場が用意されています
「航空機産業と飛行実験の街
各務原」の博物館として、戦前・戦後の国産機の資料を収集すると共に、
戦後の国産機や、日本の航空技術開発に寄与した実験機を、重点的に収集されています。
歴史的に価値の高い機体については、忠実な復元を行ない、重要な機体については、開発段階から関連資料を収集されています。
屋外展示場は無料 屋外には5機の実機が展示されていますが自由に見物できます。 |
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敷地総面積 約6.3ヘクタール 建築面積 約6,700m2
実機は右から
SA
316BアルエットV型ヘリコプター、V107B輸送ヘリコプター、YS-11A500R中型輸送機、
US-1A救難飛行艇、P−2J対潜哨戒機
構内にはちびっこ広場や無料休憩所などが用意されていて、飛行機に関連した乗り物もあります。 |
では、実機展示場へご案内します。
SA316BアルエットV型ヘリコプター 10-04 |
SA316B ALOUETTE V HELICOPTER |
アルーエトはひばりの意味 |
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名古屋市消防局消防航空隊ヘリ このヘリはアルエットUからの発展型でアエロスパシャ(仏)が エンジンのパワーアップのほか鋼管骨組みの後胴をセミモノコックに 変えキャビンと一体構造にし、キャビンを5席から7席へ拡張する などした性能向上型で、1959年(昭和34年)に初飛行した ヘリコプターです。 展示機は1973年(昭和48年)発足した名古屋市消防局 消防航空隊が導入したアルエットの1号機です。 導入後1989年(平成元年)までの16年間に3,116回の火災時の 緊急出動等で活躍したものが名古屋市消防局から寄贈されました。
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アルーエトVはエンジンにより強力な出力410KWのアルツーストVターボシャフト |
正面の非対称な計器アウセル・パネル |
吊り上げ用ホイスト |
フランスの傑作ヘリコプタ
シュド社が開発したアルウェット・シリーズは、世界各国へ幅広く販売され、ヘリコプタ先進国としてのフランスの地位を築いた。
給油口 |
キャビン上部には衝突防止灯 |
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ロータを回転させるメイン・トランスミッション・ギヤボックス、 |
南アフリカ空軍で使用されているアルーエトV |
アルツーストVDターボシャフト・エンジン |
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尾部航法灯の上には |
黄色い垂直の鋼管テイル・スキッド/ローター保護器 と固定水平尾翼の両端にはエンドブレード垂直尾翼が装備されています。 |
次はボーイング・ヴァートルモデルの救援ヘリへご案なします。
V-107A輸送ヘリコプター 10-45 |
V−107A TRANSPORT HELICOPTER |
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陸上自衛隊救援ヘリ ボーイング・バートル107はボーイング社に合併される前の バートル社が設計したタンデム型ローターのヘリコプターで、 試験機は1957年(昭和32年)に初飛行しました、 V-107Aは、ボーイング・バートルと製造契約を結んだ 川崎重工が陸上自衛隊向けに床面の強化や燃料タンクの 大型化などの改造を行った期待です。 V−107シリーズは1962年(昭和37年)から26年間、当地 各務原で159機が製造されました。 展示機は陸上自衛隊で救援機として使用されたもので、 陸上自衛隊補給所ならびに第1ヘリコプター団が当地で 再組立の上、貸与されたものです。 |
長距離用に増設された燃料タンクと捜索用ドーム型 |
26名が敏速に昇降できるように作られています。 |
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尾翼は左右対称ではない |
この写真の方が垂直翼のカーブの加減がよく分かります。 |
乗員2名と乗客26名が収容できるキャビン |
コクピットとの境にある操作バルブ |
後方乗込み口 |
吊り上げ用ホイスとの巻き上げウインチ |
T58ターボエンジン |
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T58 Turboshaft Engine |
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下から見上げた「T58ターボエンジン」2基。 |
T58タ−ボシャフトエンジンの排気ダクトとシャフト |
室内展示場にあるT58ターボシャフトエンジン |
原型はアメリカDE社が米海軍のヘリコプター用に開発した もので1960年(昭和35年)に技術提携が締結されました。 小型で大馬力を出すため、当時最高の加工技術が大幅に 採用されていたが、提携先からの技術資料はごく一部しか 入手できなかった。 このため国産化にあたっては工作機械の開発など独自の |
形 式 :ターボジェットエンジン 推 力 :1,500ESHP 圧 縮 機 :軸流 10段 圧 縮 比 : タービン :軸流 (高圧)1段 (低圧)2段 重 量 :kg |
航空自衛隊向けに、川崎重工業は長距離捜索救難機を開発し、機体両側に大型補助燃料タンクと |
大型燃料タンク |
燃料注入口 |
大型補助燃料タンクとタンクを釣る補強材とドーム型観測窓 |
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第二次世界大戦当時に投下された機雷を掃海するために機雷掃海部隊に配備された |
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サイドミラーは両サイドにあります。 |
次は純国産旅客機YS−11を紹介します。
YS−11A−500R中型輸送機 135-29 |
YS-11A-500R MEDIUM TRANSPORT AIRPLANE |
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全日空蒲キ客機 戦後わが国で初めて国産化されたターボプロップの中型 旅客機です。 1959年(昭和34年)に設立された日本航空機製造鰍ノ 航空メーカー6社が参画して本機の設計、試作を行い、試作 一号機は1962年(昭和37年)に名古屋空港で初飛行しました。 本機は、1973年(昭和48年)までに182機が生産されました。 本機はの主翼とエンジンナセルは当地各務原で 生産されたものです。 展示機は、全日空葛yびエアーニッポン鰍ゥら寄贈された もので、1995年(平成7年)11月末の高松−伊丹の飛行を 最後に退役し、12月5日岐阜基地へ最終飛行したものです。 |
航空機メーカー各社の集合体NAMC |
製造分担 新型機はNAMC YS-11と命名され、参加各社の分担は、富士重工業が尾翼部、川崎航空機が主翼とエンジンナセル、 三菱重工業が前部胴体、諸装置の設置と最終組立、日本飛行機がエルロンとフラップ、新明和が後部胴体 昭和飛行機がドアなどの軽合金ハニカム構造の分担でした。 |
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引き込み式3輪降着装置を備えた機体 |
基本設計 ターボプロップ・エンジン2基を搭載、与圧式円形胴体を持つ低翼型、従来型の尾翼と引き込み式3輪降着装置を 備えた機体に、キャビンは中央通路を挟み1列4席、座席間隔は86cmで単一クラス60席の配置でした。 |
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燃料は主翼と一体型の「ウエット・ウイング」式燃料タンクと、主翼付根にあるブラダー型タンクに入れられ、 容量は7,273リッターです。 |
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パワープラント 国際市場へ乗り出すために当初搭載の直径4.45mのダウティ・ロートル製4翅プロペラを装着するダートRDa10/1から 出力2,279kWの水メタノール噴射式「高温、高地」対応のロールス・ロイス製ダートMk542ターボプロップ・エンジンに変更し 最大離陸重量が増加しペイロードは1,270kg増加して6,949kgになりました。 |
YS-11はほとんどが路線から退いているが、エアーニッポン、日本エアーコミュータ、海上保安庁などの一部で活躍しています。 | |
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上:ギリシャのオリンピック航空はヨーロッパで唯一取得した航空会社です。 |
YS-11をアメリカへ売り込むためにエンジンを出力2,279kwの水メタノール噴射式「高温・高地」対応の ロールス・ロイス製ダートMk542ターボプロップ・エンジンを搭載し、最大離陸重量が増加しました。 |
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キャビンは中央通路をはさみ、1列4席 |
エンジンを改良したため最終的にはペイロードを1,270kg増加することができ全部で6,949kgとなりました。 |
狭い食事用ギャレー棚 |
何のハンドルでしょう客室の先頭にありました。 |
最後部の隔壁部分で手荷物室にでも使われたのでしょう |
製造されたYS-11は合計182機で、 |
次はUS-1A救難飛行艇、P-2J対潜哨戒機の展示機へ
国や民間各社で行なった航空機開発の成果を後世に伝えると共に、日本の航空宇宙技術開発の流れが分かる展示されています。
また、本格的なシミュレータ(模擬体験装置)などを通じた、参加体験型のわかりやすく楽しい展示案内にされしています。
US−1A救難飛行艇 72-52 |
US-1A RESCUE FLYING BOAT |
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海上自衛隊救難飛行艇 この救難飛行艇は、屋内に展示されているUF−XS実験機の成果を 基に開発された対潜哨戒艇PS−1を水陸両用型にしたものです。 4発のプロペラ後流の利用と専用ジエットエンジンによる空気の 吹き出しなどの高揚力装置や波消し装置によって波高3メートル の荒天の洋上にも安全に離着水できます。 展示機は、会場自衛隊第31航空群第71飛行隊(山口県岩国市) に所属していた9078号機で、海難救助や離島間の輸送などに 活躍した機です。 1995年(平成7年)12月12日に岐阜基地へ最終飛行し展示されました。 |
航空フェア(2004.10.10〜11) この2日間は「空飛ぶ自動車とシュミレーション体験」はじめ12のイベントが用意され航空ファンを喜ばせていました。 |
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機内撮影禁止 しかし、この機種はまだ実際に飛行しているため機内の撮影は出来ませんでしたので 機外からの画像だけとなりました。 |
US-1の最初の7機には、石川島播磨製T64-IHI-10E ターボプロップ・エンジン(出力2,282KW)が装備されたが、 その後の後期型のUS-1Aに搭載されたT64-IHI-10Jエンジン (出力2,602KW)に交換されました。 |
3翅式ハミルトン製スタンダード63E60-15プロペラを装備した4基 のT64ターボプロップエンジン |
US-1はビーチング・ギヤに代わって引き込み式の降着装置を採用したため、 真の水陸両用の飛行艇となりました。 |
フラップと尾翼に圧縮空気を吹き付ける補助エンジンとして、T58-IHI-10M2エンジンが搭載されています。 |
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US-1は20名の遭難救出者と12床の担架をする事ができるキャビンが用意されています。 配置を変える事により、さらに大勢の人数を収容することができます。 |
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1997年までに合計16機が引き渡されました。 |
改良型のUS-1Aは他に類を見ない長距離捜索救難能力を備えているため、
海上自衛隊ではこの水陸両用機を継続して使用することでしょう。
屋外展示機最後はP−2J対潜哨戒機です。
P−2J対潜哨戒機 41-78 |
P-2J ANTI-SABUMARINE AIRPLANE |
ロッキードP2Vから出発した対潜哨戒機は、それから50年各種改良型が生産され、冷戦中の「ボラックボックス」戦争では、
電子戦機及び偵察機として使用されました。
日本では川崎重工業がライセンス生産しエンジンにターボプロップ・エンジンを搭載し、
海上自衛隊の主力対潜哨戒機として活躍しました。
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海上自衛隊対潜哨戒機 この対潜哨戒機は、戦後ライセンス生産したP2V-7をベースにして エンジンをターボプロップに換装し、胴体を延長の上装備の近代化 などの大改造をした気体です。 1969(昭和44年)から1979年(昭和54年)までに合計182機が 当地各務原で量産され、1994年(平成6年)まで海上自衛隊の 主力機として活躍してきました。 展示機は、海上自衛隊第1航空群第7飛行隊(鹿児島県鹿屋市) に所属していた4782号機で、1994年(平成6年)5月に 岐阜基地へ里帰り飛行したものです。 |
P−2Jの原型のP2Vはエンジンが星型 |
機首区画ガラス |
後方引き込み式前車輪 |
前車輪ドアーの後ろに胴体下レドームが見えます。 |
プロペラ・ハブ・ピッチへ変更機構 |
風防ガラスとワイパー |
副操縦士座席の手前がサイドコンソール・パネル |
エンジン |
天井ドーム/脱出ハッチ兼用 |
P-2Jに改造された外形状の変更点はコクピット・キャノピーの膨らみが大きくなり、周囲に対する視野が大きく向上したことです。 |
J3-IHI-70ターボジェット |
外側単隙間式ファウラー・フラップ |
右側探照灯の後ろには航法灯が |
エルロンには静電気放電索が3本 |
兵器搭載パイロン |
翼端燃料タンク |
燃料 |
垂直尾翼 |
胴体下レドーム |
後部胴体下レドーム |
「再塗装するな」の文字があります。 |
その後ろにはテイル・バンパー |
テール・コーン 延長されたテイルコーン内には、HSO-101MAD(磁気探知装置)を搭載しています。 この装置は大きな金属物によって生ずる地球磁場の乱れを検出して潜水艦を探知する装置です。 この探知機は感度が非常に高いため、きたの影響を避けるためにテイルコーンの先端に取り付けられています。 |
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MAD(磁気探知装置) |
遠隔制御探照灯 一見レーダードームのように見えますが、単なる探照灯です。 その後部は燃料タンクです。側面には航法灯、燃料注入キャップは上部に付いてます。 タンク後方上部には翼端タンク安定フィンが付いてます。 |
1994年に最後の機体がP−3Cと交代して部隊から姿を消しました。
P−2Jの合計製造機数は82機
ちびっこ広場紹介
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大きなトイレルームも用意されています。 |
屋外実機展示場から屋内のウエルカムハウスへ移ります
このHPの内容は製作当時の模様とデーターで作成しました。
その後、展示物やデータなどが異なる場合もありますので
「かかみがはら航空宇宙博物館」のHPなどをご確認ください