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トヨタ博物館

愛知県長久手市横道41−100


乗物の散歩道
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トヨタ博物館・中編へ


シルバーの散歩道・遊歩散策
目次へ

1989(平成元年)にオープンした「トヨタ博物館」はガソリン車が誕生した19世紀末から20世紀の自動車の歴史を
約120台の車両により欧米車・日本車別に展示されています。

これらの車両は広い敷地の本館(2F・3F)と新館に分けて紹介されています。

広い駐車場はもちろん無料です。

入場料
大人:1000円、シルバー(65歳以上)500円、中高生:600円、小学生:400円、未就学児・付添・引率者:無料

全施設案内表

本館

1F  エントランス・レストラン/カフェ・ショップ
 ライブラリー・お子様用施設&休息スペース
2F  欧米車展示(19〜20世紀中頃まで)
3F  日本車展示(1930〜1990年代まで)

新館

1F  キッズガレージ・カフェテリア・ミュジアムショップ
2F  A、明治〜昭和初期ゾーン
 B、1945〜50 戦後ゾーン
 C、1950〜60 国産ゾーン
  D、1960〜65 成長ゾーン
 E、1965〜67 マイカーゾーン
 F、1975〜現在 多様化ゾーン
3F  ギャラリー・ライブラリー

施設案内の順に紹介します。

1F アプローチ展示車

1Fはインフォメーションコーナー・レストラン・小ホールの所々に、希少なクルマが展示されています。

1F施設と実車展示案内表

    ミュージアムショップ
    カフエテリア
 101  スイフト 9HP (1905年 イギリス)
 102  ローバー 6HP (1907年 イギリス)
 103  103.トヨ AA型 乗用車 レプリカ        (1936年 日本)
 104  トヨタ AB型 フェートン (1936年 日本)
 105  105.トヨタ i-REAL (2009年 日本)
 106  106.屋外展示車

では個々にご案内します

ミュージアム ショップ

たくさんのミニュチュアカー・プラモデルから・マガジンなど、トヨタ博物館のオリジナルグッズがイッパイ

カフェテリア

軽食・コーヒーショップ

  101.スイフト 9HP (1905年 イギリス)

特別展示 「スイフト 9HP(1905年・イギリス)」
スイフト社は、イギリスのコベントリーに本社を持ち、ミシン、自動車の製造でよく知られていた。
自動車製造開始後は、2気筒、3気筒のエンジンを搭載したシンプルな小型車の製造を続けたが、
やがてモーリス、オースチンなどの大手メーカーの前に敗れ去った。

なお、スイフト9HPは、直列3気筒エンジンを搭載し、人気を博した初期モデル。
(現地説明板より)

仕様
ホイールベース  2、095mm
総排気量     1、356cc
最高出力      9HP{7kw}
エンジン型式   水冷直列3気筒

参考値
全長   3、086mm
全幅   1、436mm
全高   1、545mm
車両重量   733kg
(現地説明板より)

ハンドル横の木箱は何でしょ?

102. ローバー 6HP (1907年 イギリス)

特別展示 「ローバー 6HP(1907年・イギリス)」
自転車メーカーに起源を持つローバー社が1904年、同社が初めてガソリン自動車「ローバー8PH」
スモールバージョンとして「ローバー6PH」を発表。
丈夫で簡素なクルマは好評を得た。
(現地説明板より)

仕様
ホイールベース  1、801mm
総排気量      780cc
最高出力      6HP{4kw}
エンジン型式   水冷単気筒

参考値
全長   2、079mm
全幅   1、413mm
全高   1、455mm
車両重量   538kg
(現地説明板より)

 103.トヨ AA型 乗用車 レプリカ
(1936年 日本)

トヨダ AA型 乗用車 、1936年
昭和11年に誕生したトヨタ最初の乗用車です。
豊田喜一郎が当時最新のアメリカ製乗用車、クライスラー社のエアフローや、シボレーなどを参考にして開発されました。
AA型の発売当時の価格は名古屋で3,350円
それまでは名古屋で1戸建ての家が買えるほどの額だったといいます。
(現地説明板より)

仕様
ホイールベース  2、850mm      
エンジン型式   水冷直列6気筒OHV
総排気量    3,389c㎥     
最高出力   65ph(4800Kw)

参考値
全長   4、750mm
全幅   1、750mm
全高   1、750mm
車両重量 1、500kg 
(現地説明板より)

『日本に自動車工場をつくらねばならない』
自動織機を発明した豊田佐吉の長男として生まれた喜一郎は、1921年(大正10年)に欧米を視察旅行しました。
そのとき喜一郎が目を見張ったのは想像を絶する自動車の普及ぶりでした。
この時の体験が自動車製造への夢の原点となりました。
そして8年後に2度目の視察旅行で国産自動車工業を自ら起こすことを決意しました。
『ただ自動車をつくるのではない。日本人の頭と腕で、日本に自動車工場をつくらねばならない』
トヨタ博物館 「車両解説ガイド」 より)

室内はフロントシートが前寄りに固定されていて運転席が狭く、
後席を優先して造られたことがわかります。
トヨタ博物館 「車両解説ガイド」 より)

タクシーに使われたAA型には、フロントシートの後ろに折り畳み式の補助椅子が二つありました。
トヨタ博物館 「車両解説ガイド」 より)

104. トヨタ AB型 フェートン (1936年 日本)

トヨタ AB型 フェートン(1936年、日本)
AA型のオープンタイプで主に軍隊の指揮官用として使われた。
フロントガラス、後席位置、リアドアなどがセダンと異なる。
およそ2年間に353台が生産された。
(現地説明板より)

軍隊の指揮官用
トヨダAA型のセダンは、復刻車ですが、フエトーンと呼ばれるこのオープンタイプの方は展示車と他にもう1台現存車があります。
展示車はトヨタへ里帰りする前は法政大学の自動車部で活躍していました。
このクラスのフェトーンタイプは主に軍隊の指揮官用として作られました。
セダンと違いはフロントガラスから後ろのボディですが、その中で注目されるのが、後席の位置が後ろ寄りにあることです。
セダンでもタクシーの場合、フロントシートの後ろに補助シートがあって7人が乗れましたが、
フェトーンの方がゆったりと座ることができました。
後部座席用のドアはセダンと違って後ろ開きです。
雨風や寒さをしのぐためにドアはガラスの代わりに取り外し式のサイドカーテンがありました。
このフェトーンは、およそ2年間生産されただけでした。
トヨタ博物館 「車両解説ガイド」 より)

仕様
ホイールベース  2、850mm

参考値
全長   4、785mm
全幅   1、730mm
全高   1、686mm
車両重量 1、500kg
(現地説明板より)

 

105.トヨタ i-REAL (2009年 日本)

「自由に移動すること」「社会との調和、地球・自然環境との共生」をテーマにしてきた
コンセプトモデル「I-UNIT」「Iーswing」を進化させ、実用化を目指したパーソナルモビリティです。
よりリアルなモデルに進化させたことから名称に”REAL"を用いています。

レーダーで歩行者や他のパーソナルモビティを感知し、ぶつからないように走行します。
(現地説明板より)

トヨタ i-REAL (2009年 日本)
参考値
全長     995mm
全幅     700mm
全高   1、495mm
車両重量   170kg 

エンジン型式   電気モーター
(現地説明板より)

屋外で見かけた車両をここに掲載します。

106.屋外展示車

エコバス

トヨタボンネットバス

1Fからワクワクしながら2F

2Fは欧米車展示場で19〜20世紀中頃までが展示されています。

2F 欧米車展示

19世紀末から20世紀中頃までの欧米車を
日本のモータリゼーションの歩みと生活文化の変遷を6ゾーンに分けて展示しています。
(トヨタ博物館パンフレットより)

2F施設と実車展示案内表

 

特記事項

2 F 全 景    

01 ヴィンチが考えたゼンマイ式自走車 レオナルド・ダビンチの自走車(1480年)
02 砲車を牽引するために作った史上初の自動車。 キニューニョの砲車(1796年)
03 ガソリン自動車第1号 ベンツ パテント モトールヴァーゲン(1886年 ドイツ)
04 自転車にエンジンを付けた車 ドディオン ブートン 13/4HP (1898年 フランス)
05 初のFR車 パーナル ルヴァッソール B2(1901年 フランス)
06 世界初の廉価大量生産車 オーズルモビル カーブドダッシュ(1902年 アメリカ)
07 史上初の量産車 ベンツ ヴェロ(1894年 ドイツ)
08 人気の電気自動車 ベイカー エレクトリック(1902年 アメリカ) 
09 キャデラック社の最初の製品 キャデラック モデルA (1902年 アメリカ) 
10 最高級車で優勝したレーシングカー イソッタ フラスキーニ ティーポT(1908年 イタリア)
11 注文が殺到して流れ作業を生んだ車 フオード モデルT (1909年 アメリカ)
12 最も成功した蒸気自動車 スタンレー スチーマ モデルE2 (1909年 アメリカ)
13 銀色で幽霊のように静かに走った ロールスロイス 40/50HP シルバーゴースト(1910年 イギリス)
14   ロールス・ロイス シルバーゴースト (1929年頃のエンジン)
15 史上初スポーツカー イスパノスイザ アルフォンソ ]V (1912年 スペイン)
16 初のセルモータ付き キャデラック モデルサーティ(1912年 アメリカ)
17 855cc・10馬力・二人乗り プジョー べべ (1913年 フランス)
18 イギリス人の大衆車 モーリス オックスフオード (1913年 イギリス)
19 シャフトドライブ方式を初めて採用 ルノー タイプDJ (1913年 フランス)
20 自動車史上伝説になったクルマ スタッツ ベアキャットDJ (1914年 アメリカ)
21 シリーズ名”490”は販売予定価格 シボレー シリーズ490(1918 年 アメリカ)
22 イギリス最初メーカ デイムラー タイプ45(1920年イギリス)
23 当時最も安いクルマ3輪スポーツカーを開発 モーガン エアロ(1922年 イギリス)
24 風や埃から身を守れる車 エセックス コーチ」(1922年 イギリス)
25 英国人にとってのフォードモデルT オースチン セブン [チャミー](1922年 イギリス)
26 フォードモデルTを生産中止に追い込んだ シボレー スペリア シリーズ K(1925年 アメリカ)
27 フランスのフオードでありたい シトロエン 5CV タイプ C3(1925年、フランス)
28 世界の王族や大富豪に愛用された高級車 ミネルバ 30CV (1925年 ベルギー)
29 量産レーシングカーとして大成功 ブガッティ タイプ35B(1926年 フランス)
30 (子供用)ブガッティ タイプ 52 (子供用)ブガッティ タイプ 52 (1926年 フランス)
31 時代に取り残され引退 フォード T (1927年 アメリカ)
32 合理的で簡素、軽量に設計された フオード タイプAのシャシー(1927年 アメリカ)
33 1年限りの首位の座 フォード モデル A (1927年 アメリカ)
  34 以降は「中編 トヨタ博物館」へ       

2 F 全 景

まず「創成期」からご案内します。

創 成 期

01.1480年 レオナルド・ダビンチの自走車

1480年 レオナルド・ダビンチの自走車(イタリア)
偉大な芸術家であり、科学者でもあったレオナルド・ダ・ヴィンチが考えたゼンマイ式自走車。
早くも動力伝達装置やステアリング機構などを備えていた。
この模型は彼のスケッチをもとに復元したもの。
(現地説明板より)

02.1796年 キニューニョの砲車

1796年 キニューニョの砲車
フランスの軍人、ニコラ・ジョセフ・キュニョーが砲車を牽引するために作った史上初の自動車。
大きなボイラーをフロントに備えた前輪駆動の蒸気車で、時速9kmで走ったと言われている。
(現地説明板より)

クラッシク期

 03.ベンツ パテント モトールヴァーゲン(1886年 ドイツ)
ガソリン自動車第1号

ベンツ パテント モトールヴァーゲン(1886年 ドイツ)
ガソリン自動車の第1号といわれるベンツの三輪車で、1886年に作られた。
棒ハンドルで前輪を操作しており、時速15kmの走行が可能であった。
(現地説明板より)

4輪車にしなかった理由
舵取り装置がどうしてもうまくいかなかったからだと言われています。
トヨタ博物館 「車両解説ガイド」 より)

ベンツ パテント モトールヴァーゲンの駆動系機構
エンジン回転をベルトでデファレンシャルギアに伝え、チェーンを介して後輪を駆動します。
シフト・ブレーキレバーを前に倒せば走行し、後ろに引けばブレーキがかかります。
前進1段のみで後進はなし。
エンジンはフライホィールを手で回し手始動します。

(現地説明板より)

エンジンは座席の後ろに寝かせて置かれている
エンジンは、後ろの大きなはずみぐるまを手で回してかけます。
現存するベンツの三輪車はミュンヘンのドイツ博物館に展示されています。
展示車は当時のものに忠実に作られた復元車で走行可能です
トヨタ博物館 「車両解説ガイド」 より)

ガソリン自動車が誕生するとやがて大小の多くのメーカーが自動車をつくり始めました。
当然のことながらその構造は様々でした。
次に紹介する3台は当時を代表するものです。
04.ドディオン ブートン 3/4HP 1898年(フランス)    
05.パーナル ルヴァッソール B2(1901年 フランス) 
06.オーズルモビル カーブドダッシュ(1902年 アメリカ)

04.ドディオン ブートン 3/4HP 1898年(フランス) 
蒸気自動車を改造し小型エンジン車に

ドディオン ブートン 3/4HP 1898年(フランス)
自転車の後ろを改造し3輪車にし、小型エンジンを取り付けたフランスのドディオン ブートンは、それまでの蒸気自動車に代えてつくりはじめた。
手軽さと低価格によって、ヨーロッパで最もポピュラーな自動車となり、1903年まで生産された。
(現地説明板より)

仕様
ホイールベース  1、035mm  
エンジン型式   空冷単気筒  
総排気量     240c㎥    
  最高出力     1、75ph(1、3Kw)

参考値
全長   1、716mm
全幅   1、048mm
全高   1、128mm
車両重量   120kg 
(現地説明板より)

三輪車は乗員1名のために、乗客は写真のようにカートに乗せて引っ張りました。
トヨタ博物館 「車両解説ガイド」 より)

小型軽量で信頼性の高いエンジン
ドディオン ブートン社は、当時のヨーロッパ最大のメーカーで、
小型軽量で信頼性の高いエンジンはヨーロッパの多くのメーカーにも供給されました。
トヨタ博物館 「車両解説ガイド」 より)

ヘッドライトは勿論石油ランプ

四輪車もあった
三輪車を改造して、前を2輪にした4輪車もありましたが、
誰にも扱える手軽さと低価格でたちまちヨーロッパ市場で最もポピュラーなクルマになりました。
トヨタ博物館 「車両解説ガイド」 より)

初のフロントエンジン・リアドライブ車
05.パーナル ルヴァッソール B2(1901年 フランス)

パーナル ルヴァッソール B2(1901年 フランス)
フロントエンジン・リアドライブ(FR)方式を採用した最初の自動車。
史上初の自動車レースとなったパリボルドーを往復するおよそ1,200kmのレースで
パーナル ルヴァッソール
は平均時速24kmで走り抜きトップでゴールしました。
それからも数々の自動車レースで優勝したことからパーナル方式はたちまち他社へも波及していきました。
トヨタ博物館 「車両解説ガイド」 より)

仕様
ホイールベース  1、035mm          
エンジン型式   水冷直列4気筒 Lー頭型  
総排気量     3、562c㎥    
最高出力     12ph(9Kw)    

参考値
全長   3、193mm
全幅   1、875mm
全高   2、480mm
車両重量   1、281kg 
(現地説明板より)

日本初の輸入車
1898年(明治31年)に日本に初めてやってきた自動車はパーナル ルヴァッソールでした。
トヨタ博物館 「車両解説ガイド」 より)

世界初の大量生産車
06.オーズルモビル カーブドダッシュ(1902年 アメリカ)

ガソリン車をつくる前は蒸気自動車をつくっていた
車体の前のボードが丸くカーブしていることからこの名が付いた。
低価格と巧みな宣伝によって人気を博し、1904年には5,000台が生産された。
(現地説明板より)

馬一頭と軽量の馬車を合わせた値段が500ドル前後だった当時、
カーブドダッシュは650ドルという安い価格とうまい宣伝で史上初のベストセラーカーになりました。
トヨタ博物館 「車両解説ガイド」 より)

仕様
ホイールベース  1、676mm      
エンジン型式   水冷単気筒OHV  
総排気量     1、563c㎥     
最高出力     4ph(3Kw)     

参考値
全長   2、436mm
全幅   1、674mm
全高   1、428mm
車両重量   397kg 
(現地説明板より)

 

07.ベンツ ヴェロ(1894年 ドイツ) 
ベンツ3番目のクルマ

ベンツ ヴェロ(1894年 ドイツ) 
フランス、アメリカにも出荷された史上初の量産型車。
フライホイールを垂直にセットしたエンジン、プーリーとベルトによる2段変速ができ、時速21km走行した。
(この車体はオランダ・ローマン&バルキ社より寄贈)
(現地説明板より)

仕様
ホイールベース  1、333mm     
エンジン型式   水冷単気筒     
総排気量     1、045c㎥    
最高出力     1、5ph(1、1Kw)

参考値
全長   2、357mm
全幅   1、300mm
全高   1、390mm
車両重量   358kg 
(現地説明板より)

史上初の量産車
ヴェロはそれまでの特注品でなく標準生産された史上初の量産車でした。
1898年までに約1,200台が生産されてフランスやアメリカに輸出されました。
トヨタ博物館 「車両解説ガイド」 より)

値段は!
値段は職人の親方であるマイスターの年収の2倍くらいだったという話もあります。
トヨタ博物館 「車両解説ガイド」 より)

名前の由来?
ヴェロは当時の人々に人気だった自転車の”ヴェロシペード”を連想させる名前で、
ベンツが自動車を普及させたいという願いを持っていたことをうかがわせます。
トヨタ博物館 「車両解説ガイド」 より)

クルマに名前を付けた
当時としてはクルマにナマエを付けたというのも極めて珍しいことでした。
トヨタ博物館 「車両解説ガイド」 より)

変速機
1号車の3輪車には変速機はありませんでしたが、このヴェロではプーリーとベルトによる
2段変速機が装備されており、時速21kmまで出せました。
トヨタ博物館 「車両解説ガイド」 より)

人気の電気自動車
08.ベイカー エレクトリック(1902年 アメリカ)

ベイカー エレクトリック(1902年 アメリカ)
ガソリン自動車普及後も、アメリカでは長い間、電気自動車が作られた。
展示車は、1馬力のモーターで時速40kmの走行が可能。
充電1回で走れる距離は約80kmだった。
(現地説明板より)

電気自動車が人気の理由
ガソリン自動車の普及がはじまっても、アメリカでは長い間、電気自動車がつくられました。
その大きな理由のひとつは、セルデンという人物が取った特許のために
ガソリン自動車をつくるには特許料を払う必要があったからです。
しかし、別の大きな理由は、静かでクリーン、排出ガスもなく、スイッチを入れるだけで
走り出せるというメリットがあったからで、特に人気がありました。
後に自動車王と呼ばれたヘンリーフオードの奥さんも電気自動車の愛用者でした。
トヨタ博物館 「車両解説ガイド」 より)

ベイカー エレクトリックの駆動系機構

短所は1充電で走れる距離が短かった
ベイカー・エレクトリックは1899年から16年間生産された有名な電気自動車で、
展示車の場合、1馬力のモーターにより時速40kmの走行が出来ました。
しかし、1回の充電で走れる距離は80km程度でした
トヨタ博物館 「車両解説ガイド」 より)

当時の様々な動力装置
1900年当時、アメリカの自動車保有台数はおよそ8、000台でした。
その中の2、000台はボストン、シカゴ、ニューヨークという三大都市で走っていました。
そのうち半分は蒸気自動車、3割が電気自動車、そして残りわずか2割がガソリン自動車でした。
トヨタ博物館 「車両解説ガイド」 より)

電気自動車のためライトは石油ランプでなく「電灯」だった。

部品交換が可能な車
09.キャデラック
モデルA (1902年 アメリカ)

キャデラック モデルA (1902年 アメリカ)
精密技術の権威ヘンリー・M・リーランドガ設立したキャデラック社の最初の製品
部品の精度ガ高く、確実に交換ができたのは、当時としては画期的なことだった。
(現地説明板より)

仕様
ホイールベース  1、810mm     
エンジン型式   水冷単気筒    
総排気量     1、609c㎥    
最高出力     9.7ph(7、1Kw)

参考値
全長   2、799mm
全幅   1、742mm
全高   1、570mm
車両重量   589kg 
(現地説明板より)

ピストルで有名なコルト社出身
創立者ヘンリー・リーランドは精密技術に優れており、1902年にキャデラック社をつくりました。
キャデラックという名前は1701年にデトロイトの街の基礎を築いた
フランス人の名前を取ってつけられました。
トヨタ博物館 「車両解説ガイド」 より)

多量生産への鍵
展示車の”モデルA”はキャデラックの最初の製品です。
それはフェンリー・フオードが自分の自動車会社をつくる前に設計したものです。
キャデラックの最大の特徴は同じ車種の同部品が完全に交換できること、
これは当時としては驚くべきことででした。
当時は同じ部品でも全く同じようには作れないのが普通だったからです。
この、図面通りに同じものが作れるという技術がやがて大量生産への鍵となります。
トヨタ博物館 「車両解説ガイド」 より)

リーンカーンの産みの親
キャデラックは1909年にジェネラルモータースの一部門となり、
以来高級車を生産しています。
なお、ヘンリー・リーランドは後にフオード社の高級車となるリンカーンの産みの親でもあります。
トヨタ博物館 「車両解説ガイド」 より)

自動車部品会社がレーシングカーを
10.イソッタ フラスキーニ ティーポT(1908年 イタリア)

イソッタ フラスキーニ ティーポT(1908年 イタリア)
イタリアの伝統的な最高級車として知られるイソッタ フラスキーニのレーシングカー
1908年のタルガフロリオレースで優勝するなど、各地のレースで活躍した。
(現地説明板より)

仕様
ホイールベース  2、997mm         
エンジン型式   水冷直列4気筒T・頭型 
総排気量     7、970c㎥    
最高出力     85ph(63Kw)   

参考値
全長   4、209mm
全幅   1、743mm
全高   1、585mm
車両重量 1、344kg 
(現地説明板より)

自動車と自動車部品会社からレーシングカー
19世紀末、イタリアはミラノでイソッタとフラスキーニという人物が
自動車と自動車部品の輸入販売会社をつくりました。
そして1902年にフランスのルノーの小型車をベースにして独自のクルマをつくり始めましす。
1905年からはレーシングカーもつくり始めてやがて各地のレースで目覚ましい活躍をするようになりました。
トヨタ博物館 「車両解説ガイド」 より)

シチリア島タルガフロリオレース
1908年にはシチアリア島を舞台とするタルガフロリオレースで優勝しました。
このレースは険しい山岳路を含む高低差が1、000m以上もある一周およそ150kmのコースを
2周するもので極めて過酷なレースでした。
トヨタ博物館 「車両解説ガイド」 より)

エンジンは4気筒8、000ccで85馬力
展示車はその年に造られたものでレースに出たモデルとほぼ同じタイプです。
展示車の大きなエンジンは4気筒8、000ccで85馬力です。
燃焼室が左右に長いためにスパークプラグがそれぞれのシリンダーに2個ずつ付いています。
トヨタ博物館 「車両解説ガイド」 より)

 

注文が殺到して流れ作業を生んだ車
11.フオード モデルT (1909年 アメリカ)

ベルトコンベア式大量生産によるコストダウンや運転を簡素化するメカニズムで
車の大衆化に比類のない貢献をした。
1927年ままでの19年間で、1、500万台以上が生産された。
(現地説明板より)

仕様
ホイールベース  2、540mm        
エンジン型式   水冷直列4気筒L・頭型 
総排気量     2、896c㎥    
最高出力     20ph(15Kw)

参考値
全長   3、318mm
全幅   1、687mm
全高   2、188mm
車両重量   660kg 
(現地説明板より)

注文が殺到して流れ作業が生まれる!
自動車といえば2,000ドル以上が普通だったときにモデルTは半分以下の850ドルでした。
ヘンリー・フォードは自動車が一部の豊かな人々ににしか売れなかった時代に、
強い信念を持って一般の人々のための自動車を開発しました。
それが1908年に完成した「モデルT」でした。
モデルTは実用的な運転のしやすい自動車で、買い求めやすい価格で売られました。
トヨタ博物館 「車両解説ガイド」 より)

 

最も成功した蒸気自動車
12.スタンレー スチーマ モデルE2 (1909年 アメリカ)

スタンレー スチーマ モデルE2 (1909年 アメリカ)
スタンレー社は1897年に蒸気自動車をつくりはじめ、大成功を収めた。
静かで、振動も少なく、運転しやすく、高速だったが、ガソリンの発展とともに衰退した。
(現地説明板より)

仕様
ホイールベース  2641mm              
エンジン型式   蒸気直列2気筒、単式、複動式 
ボアストローク     76、2mm×101、6mm   
最高出力     10ph(7.4Kw)

参考値
全長   3、591mm
全幅   1、605mm
全高   1、606mm
車両重量   766kg 
(現地説明板より)

最も成功した蒸気自動車が消えた理由
ガソリン自動車より早く実用化された蒸気自動車は、構造が簡単でパワーがあり、
振動が少なく静かで運転もしやすかったことからアメリカでは1910年代前半には黄金時代を迎えていました。
それが1930年を最後に消えていったのは、走り出せるようになるまでに時間がかかることや、
カルシウム分の少ない水、軟水が必要こと、さらに湯垢を取るために
定期的にボイラーの整備をしなければならないことなどの欠点があったからでした。
初期の蒸気自動車のボイラーは爆発の危険さえありました。
(現地説明板より)

蒸気自動車で時速205km/h
展示車のスタンレーは蒸気をつくるための燃料はガソリンですが、
一般には石油が使われいました。
スタンレーは1906年に時速205kmのスピード記録を樹立したことでも有名です。
トヨタ博物館 「車両解説ガイド」 より)

ヘッドライトは石油ランプのようです

 

銀色で幽霊のように静かに走った
13、ロールスロイス 40/50HP シルバーゴースト(1910年 イギリス)

ロールスロイス 40/50HP シルバーゴースト(1910、イギリス)
ロールスロイス社の最大の傑作といわれている。
無類の信頼性を実証したテスト車が、銀色で幽霊のように静かに走ったことからこの名が付いた。
(現地説明板より)

名前の由来
ヘンリー・ロイスとチャルス・ロールスの二人は1904年、信頼性が高く品質の良い自動車をつくるためロールスロイス社を創立しました。
1906年、最大の傑作といわれる このモデルを発表しました。
そしてその翌年、ボディを銀色に塗った1台が、英国王立自動車クラブの監督のもと、
グラスゴーからロンドンの間を昼夜ノンストップで延べ1万6千マイル、およそ2万6千kmを
ほとんどトラブルなしに走り抜きました。
そのクルマには、幽霊のように静かに走る銀色だったことから「シルバーゴースト」というバッジがつけられていました。
トヨタ博物館 「車両解説ガイド」 より)

仕様
ホイールベース  3、623mm          
エンジン型式   水冷直列6気筒、Lー頭型 
総排気量     7、428c㎥         
最高出力     未公表            

参考値
全長   4、883mm
全幅   1、753mm
全高   2、250mm
車両重量 1、760kg 
(現地説明板より)

高級車の原点
シルバーゴーストは高価でしたが、他かい品質を持った量産車として、
高級車の原点となり、1907年から18年間で6、000台以上が生産されました。
トヨタ博物館 「車両解説ガイド」 より)

赤色の展示車はかって「シャムの王室」で使われていたものです。
トヨタ博物館 「車両解説ガイド」 より)

 

14.ロールス・ロイス シルバーゴースト
1929年頃のエンジン 

ロールス・ロイス シルバーゴースト1929年頃のエンジン
美しい外観の仕上げ、点火系には始動・低速用および高速用に独立した二重点火システムなど、高価な車に相応しい配慮を見ることができる。
1907年から25年までされ、この間の大きな変更は09年の排気量増加と12年の内蔵式のトーションダンパの採用など。

タイプ         水冷直列6気筒 Lー頭弁
ボア×ストローク     114、3×120.7mm
総排気量                7428c㎥
圧縮比                    3、5
最高出力                   不明
最大トルク                   不明
(現地説明板より) 

15.イスパノスイザ アルフォンソ ]V (1912年 スペイン)
史上初の本格的なスポーツカー

イスパノスイザ アルフォンソ ]V (1912、スペイン)
優れた性能や軽快な操縦性から、史上初の本格的なスポーツカーと言われている。
スペイン王妃から王アルフォンソ13世へ贈られたことからこの名で知られるようになった。
(現地説明板より)

仕様
ホイールベース  2、640mm          
エンジン型式   水冷直列4気筒、Lー頭型 
総排気量     3、620c㎥        
最高出力      64ph(47Kw)        

参考値
全長   3、806mm
全幅   1、592mm
全高   1、439mm
車両重量  993kg 
(現地説明板より

イスパノスイザとは「スペインのスイス」という意味
この名前は、会社創立の地がスペインで、設計者マルク・ビルキヒトの故国がスイスであったことに由来しています。
スペイン王室とも深い結びつきを持ち、多くの伝説に彩られるイスパノスイザは
想像を絶する豪華車としても有名ですが、第1次世界大戦以前は積極的に自動車レースに参加して、
1910年に初勝利を手にしました。
トヨタ博物館 「車両解説ガイド」 より)

史上初の本格的スポーツカー
そしてその時のレーシングカーをベースにした公道走行用のクルマがつくられ、
それをスペイン王アルフォンソ13世が試乗して気に入り1台注文します。
そこでメーカーは国王に許しを得て”アルフォンソ]TTT”というモデル名を付けることになりました。
イスパノスイザアルフォンソ]TTTは優れた性能や軽快な操縦性から、
史上初の本格的スポーツカーといわれています。
3、6リットルの排気量で64馬力のエンジンは当時トップクラスの性能と言われ、
車両重量が軽かったこともあり、最高速度も高く、ヨーロッパで極めて高い人気を誇りました。
トヨタ博物館 「車両解説ガイド」 より)

 

初のセルモータ付き
16.キャデラック モデルサーティ (1912年 アメリカ)

キャデラック モデルサーティ(1912、アメリカ)
セルフスターテングモーターを標準装備した初めての自動車で、ドライバーを手回しクランクハンドルから開放した。
電気式ヘッドライトを標準装備としたのも大きな特徴。
(現地説明板より)

初のセルモーターと電気式ヘッドライト装備車
このキャデラックはエンジンをボタン操作ひとつでかけられるスターティングモーターを初めて標準装備したことで知らています。
それまでの一般的なエンジン始動方法は、指導ハンドルをエンジン先端に差し込んで手で回していました。
それは力の要る危険な作業で、特に女性には嫌われていました。
手回しに代わる楽なスタート方法は、圧縮空気屋や強いスプリングを使用したものなど、
さまざまな自動始動装置が試されましたが成功を見ることはありませんでした。
ところが1911年7月に公開されたキャデラックの試作車は画期的なセルフスターティングモーターを備えていました。
それは他のメーカーも競って採用するようになり、キャデラックはこの始動装置のほか、
電気式ヘッドライトを標準装備としたのも大きな特徴でした。
トヨタ博物館 「車両解説ガイド」 より)

仕様
ホイールベース  2、940mm         
エンジン型式   水冷直列4気筒、Lー頭型 
総排気量     6、692c㎥    
最高出力     40hp(29kw)   

参考値
全長   4、083mm
全幅   1、860mm
全高   2、286mm
車両重量 1、568kg 
(現地説明板より)

ステップ台の箱はバッテリーでしょうか?

約5000ccのエンジンをクランクで始動したのでしょう!!

 

855cc・10馬力・二人乗り
17.
プジョー べべ (1913年 フランス)

プジョー べべ (1913年 フランス)
早くから大衆向けの小型車を開発していたプジョーが、エットーレ・ブッガティの設計により完成させた。
ユニークな機構やかなり小さなエンジンを備えた二人乗り。
(現地説明板より)

車両データ
全長     2572mm
全幅     1230mm
全高     1563mm
車輌質量    405kg   
ホイールベース  1791mm   
     エンジン形式   水冷直列4気筒L-頭型
総排気量   855cm3
            最高出力   10/7.5/2000((hp/kw/min-1)

855cc・10馬力・二人乗り
展示車は、後にレーシングカーや超豪華車で名を馳せることになる
エットーレ・ブガッティが1913年に設計したものです。
ユニークな機構や当時としては比較的小さなエンジンを備えたミニマムな二人乗りのべべ
フランスの大衆に自動車の楽しさと便利さを教えたことはいうまでもありません。
1916年までに3,000台以上も生産されました。
トヨタ博物館 「車両解説ガイド」 より)

 

18.モーリス オックスフオード (1913年 イギリス)

イギリス人の大衆車
 モーリス オックスフォードはイギリス人のための車づくりをめざした
モーリス社の創立者ウィリアム・モーリスによってつくられた小型大衆車。
 この車はエンジンなどの主要部品の外注により、製造コストを低く抑えて提供され続け、
1913年から1923年までに約15万台生産された。
また、個性的なラジエーターから「ブルノーズ(牛の鼻)」と呼ばれ、広く親しまれた。
トヨタ博物館 「車両解説ガイド」 より)

車両データ

全長 3147mm
全幅 1345mm
全高 1675mm
車輌質量 603kg
ホイールベース 2128mm
エンジン形式 水冷直列4気筒T-頭型
総排気量 1018cm3
最高出力 16.4/12/2400((hp/kw/min-1)
 

チェーンやベルトでなくシャフトドライブ方式を初めて採用
19.ルノー タイプDJ (1913年 フランス)

ルノー タイプDJ (1913年、フランス)
無骨なラジエーターにかえて流線型のボンネットを採用した独特のフロントビューが特徴。
1913年型タイプDJは高級なリムジンボディで、馬車と同様、運転席と客室が分離していた。
(現地説明板より)

仕様
ホイールベース  3、396mm         
エンジン型式   水冷直列4気筒、Lー頭型 
総排気量     3、563c㎥        
最高出力    不明            

参考値
全長   4、713mm
全幅   1、816mm
全高   2、229mm
車両重量 1、746kg 
(現地説明板より)

チェーンやベルトでなくシャフトドライブ方式を初めて採用
ごらんのようにこのクルマには前にエンジン冷却用ラジエーターがなく、
他にクルマとは一風変わった外観をしています。
初期型のルノーは、エンジンの後ろに置かれたラジエーターと現代の自動車のように
前方から開閉するボンネットとを大きな特徴としていました。
このスタイルの利点は、メンテナンスを容易にすることですが、武骨なラジエーターにかえて
流線型のボンネットを採用、前方視界を確保することもできました。
みごとな仕上がりの車体を持つこのモデルは高級なリムジン形式で、
馬車時代のなごりから運転席と客室は完全に分離されています。
このクルマの運転手は御者と呼んだほうがよさそうです。
後部座席から運転手に指示するためのトークフォン、伝声管にもご注目ください。
なお、ルノー産みの親はルイ・ルノーという人で、ルヴァッソールや、プジョー、シトロエンと並び称される
フランスの生んだ天才的自動車設計家です。
チェーンやベルトでなくシャフトドライブ方式を初めて採用したことでも知られています。
トヨタ博物館 「車両解説ガイド」 より)

 

自動車史上伝説をつくったクルマ
20.スタッツ ベアキャットDJ (1914年 アメリカ)

スタッツ ベアキャット シリーズF (1914年、アメリカ)
アメリカのスポーツカー史に残る名車。
レースで活躍し、ベアシャシーにシート、ガソリンタンク、スペヤタイヤを載せただけの簡素な野性的なスタイルが人気を集めた。
(現地説明板より)

仕様
ホイールベース  3、048mm         
エンジン型式   水冷直列4気筒、Lー頭型 
総排気量     6、394c㎥        
最高出力    60ph(44kw)        

参考値
全長   4、189mm
全幅   1、691mm
全高   1、670mm
車両重量 1、362kg 
(現地説明板より)

自動車史上伝説になったクルマ
スタッツ社はアメリカのスポーツカーを語る上ではなくてはならない存在です。
ハリー・スタッツは当初自動車部品を作る会社を起こしましたが、
1911年に自社製品の優秀さをアピールするためにみずから自動車をつくり、
さっそくその年のインデアナポリス500マイルレースに出場して健闘します。
その後も各地のレースに挑戦し活躍しました。
そして1913年に自動車生産に踏み切りました。
その翌年登場したのが自動車史上伝説にさえなっている
名車”スタッツベアキャット”で、展示車がそのクルマです。
トヨタ博物館 「車両解説ガイド」 より)

気筒6,4リットルエンジン
巨大な4気筒6,4リットルエンジンを積み、ボンネットとフエンダー、
バケットシートと枕型のガソリンタンク、そしてスペヤタイヤを備え付けただけの
簡素かつ野性的なロードスターは非常に人気が高く、1925年まで生産が続けられました。
人気が高まったのはベアキャット登場後、
スタッフが自動車レースで目を見張る活躍をしたからです。
トヨタ博物館 「車両解説ガイド」 より)

 

シリーズ名”490”は販売予定価格
21.
シボレー シリーズ490 (1918年 アメリカ)

シボレー シリーズ490(1918 アメリカ)
フオードモデルTに対抗してつくられた大衆車。
3段ギアボックス、OHCエンジンなどによって着実にユーザーの心をとらえた。
車名は発売時の予定価格490ドルによる。
(現地説明板による)

シリーズ名”490”は販売予定価格
シボレーは現在ジェネラルモータースで最高販売車を受け持つ部門ですが、
そのGMに仲間入りしたのはこの展示車シリーズ490と同じ1918年のことでした。
シリーズ490はその3年前に、フオードモデルTに対抗するために発売されたモデルで、
社名の490は挑戦相手のモデルと同じ価格の490ドルにしようとしてつけられました。
しかし、実際には、550ドルで売られ始め、半年後に490ドルになりました。
その時フォードは440ドルとさらに安くしました。
当時、馬と馬車を合わせた価格が480ドル前後だったと言います
3段ギアでOHVエンジン
シボレーはフォードより少し価格が高いものの、フォードのローとトップだけの2段ギアボックスに対し、
3段ギアボックスを持ち、さらに、性能がよくて整備もしやすいOHVエンジンを搭載したこともあって、
着実にユーザーのハートをとらえ、1910年代の後半にはモデルTを脅かす存在になっていきました。
トヨタ博物館 「車両解説ガイド」 より)

仕様
ホイールベース  2、591mm         
エンジン型式   水冷直列4気筒OHV   
総排気量     2、802c㎥        
 最高出力    26ph(19kw)        

参考値
全長   3、507mm
全幅   1、796mm
全高   2、020mm
車両重量   847kg 
(現地説明板より)

 

イギリス最初の自動車メーカー
22.
デイムラー タイプ45 (1920年 イギリス)

デイムラー タイプ45 (1920年、イギリス)
イギリス最古の自動車会社デイムラによる超豪華車。
著名なコーチビルダーによる豪華なボディ架装と大排気量エンジンによる静粛な走行で、
イギリス王室や各国の上流階級に愛用されました。
(現地説明板より)

仕様
ホイールベース  3、708mm           
エンジン型式   水冷直列6気筒スリーブバルブ
総排気量     7、413c㎥           
最高出力    65ph(48kw)        

参考値
全長   5、454mm
全幅   2、010mm
全高   2、085mm
車両重量  2、453kg 
(現地説明板より)

英国王室の御料車
デイムラーは、現在ではインドのタタ・モーターズの傘下にあるジャガーの
ラグジュアリーバージョンとなっていますが(2012年2月現在)、その歴史を見ると、イギリスで最初の
自動車メーカーであり、しかも英国王室の御料車に用いられていたという輝かしい栄誉を持って居ます。
デイムラーはドイツのを英語読みにした名前です。
戦後にロールスロイスにその地位を譲る
1890年、イギリスの若き技術者フレデリックシムスはドイツのダイムラーに面談し、
ダイムラーエンジンの製造販売之権利を手に入れ、1896年にデイムラーモーター社が設立されます。
そして1902年、デイムラーはエドワード7世により英国王室の御料車として指定されて以来、
戦後ロールスロイスにその地位を譲るまで、長い間イギリス王室で愛用されることになるのです。
著名な車体メーカーによる豪華なボディと大排気量のスリーブ・バルブ・エンジンによる
静粛な走行は、超豪華車の代表に相応しいものでした。
トヨタ博物館 「車両解説ガイド」 より)

 

当時最も安いクルマ3輪スポーツカーを開発
23.モーガン エアロ(1922年 イギリス)

当時最も安いクルマを開発
モーガンと言えば現在でも1930年代のスタイルのままでスポーツカーを造り続けていることで知られています。
モーガンの生みの親であるハリー・モーガンはオートバイに乗るのが大好きでその製造に乗り出すことも考えていましたが、
当時自動車熱が高まって安い車を求められていたことからスリーホイラーすなわち三輪自動車の製造へと方針を変更しました。
そして1908年に、オートバイ製造用に買てっあったプジョーの小型エンジンを積んだ、
前2輪、後ろ1輪のスリーホイラー1号車を完成させました。
1911年に最初に売られたモーガンは当時もっとも安い価格のクルマでした。
トヨタ博物館 「車両解説ガイド」 より)

モーガン エアロ (1922年、イギリス)
頑丈で単純なバックボーンシャシーの先端にオートバ用のエンジンを取り付けた大衆向けの3輪スポーツカー
構造が簡単で軽量のため、運動性能にすぐれ経済的だった。
(現地説明板より)

仕様
ホイールベース  2、132mm           
エンジン型式   水冷V2気筒OHV        
総排気量     961c㎥            
 最高出力    不明ph(不明kw)        

参考値
全長   3、033mm
全幅   1、490mm
全高   1、321mm
車両重量  350kg 
(現地説明板より)

4人乗りもあったが一般的には2人乗り
まさに大衆のためのスポーツカー、モーガンスリーホイラーは、
構造が極めて簡単で軽かったため運動性能に優れ、しかも経済的でした。
ボディは4人乗りもつくられましたが、このエアロのように2人乗りタイプが一般的で、
1950年まで基本的にはは同じままで生産されました。
トヨタ博物館 「車両解説ガイド」 より)

 

風や埃から身を守れる車
24.エセックス コーチ (1922年 イギリス)

1929年にはアメリカで売れたクルマのほぼ90%がセダンタイプ

エセックス コーチ(1923年 アメリカ)
エセックスは、ハドソン社の小型車部門として、1918年にスタート。
当初からコーチと呼ばれるセダン型を主な生産車とした。
当時のアメリカ車の標準型はまだホロ型であったが、エセックスは
大衆のセダン型を望む声にいち早く、しかもホロ型に近い価格で対応した。
(現地説明板より)

 

英国人にとってのフォードモデルT
25.オースチン セブン [チャミー](1922年 イギリス)

オースチン セブン [チャミー] (1922年、イギリス)
小型のボディに大型の実用車と同じ装備や機構を備え、英国人にとってのフオードモデルTといわれた。
17年間に約25万台が量産され、日本を含む各国で愛用された。
(現地説明板より)

仕様
ホイールベース  1、905mm           
エンジン型式   水冷直列4気筒 L-頭型  
総排気量     747c㎥            
  最高出力     10.5ph(7.7kw)        

参考値
全長   2、702mm
全幅   1、173mm
全高   1、592mm
車両重量  419kg 
(現地説明板より)

英国人にとってのフォードモデルT
必要なものはすべて揃っているが、それ以外のものは何もない。
つまりサイズは小さいが大型の実用車と同じ装備や機構を備えたオースチン・セブンこそ
英国人にとってのフォードモデルT、すなわち大衆のための自動車ですぃた。
モデルTと同様に年を追うごとに価格を下げられたり、車種の充実があったりして
イギリスで広く普及したほか、多くの国でも現地生産もされて世界各地で人気を博しました。
日本へも上陸し、戦前のダットサンとともに親しまれたクルマでもあります。
イギリスではチャミー、すなわち”仲良し”という愛称で親しまれました。
1923年から39年までの17年間におよそ25万台も量産されました。
トヨタ博物館 「車両解説ガイド」 より)

 

生産台数でフォードモデルTを抜いた
26.
シボレー スペリア シリーズ K (1925年 アメリカ)

シボレーは、価格ではフォードモデルTに到底太刀打ちできないことから、
モデルTより装備品や性能をよくして上級指向の客をねらう戦略をとり、それが好評となりました。
それは、収入が上がってきていた消費者が、自動車に実用性だけではもの足りなくなり、
便利さや快適さ、豪華さなどぜいたくものを求めるようになってきていたからです。
いくら安くても実用一点張りで移動の道具に過ぎないようなモデルTは、
それが普及し終わった時点でその使命を果たし終わっていたのです。
フォードモデルTに挑戦し、たゆまぬ改良を進めてきたシボレーは、
よりパワフルに、よりスムーズにを目標にして、1925年にこのKシリーズを発表しました。
そして、2年後の1927年には生産中止に追い込まれたモデルTを抜き、
世界のベストセラーとしての地位を確立しました。
トヨタ博物館 「車両解説ガイド」 より)

シボレー スペリア シリーズ K (1925年、アメリカ)
装備品や性能の高さで好評を得たシボレーは、
よりパワフルに、よりスムーズにを目標にKシリーズを発表。
1927年には生産台数でフォードモデルT
を抜いた。
(現地説明板より)

仕様
ホイールベース  2、616mm      
エンジン型式   水冷直列4気筒OHV
   総排気量     2、802c㎥        
    最高出力    26ph(19kw)        

参考値
全長   4、010mm
全幅   1、672mm
全高   1、890mm
車両重量 1、072kg 
(現地説明板より)

 

27.シトロエン 5CV タイプ C3 (1925年 フランス)

シトロエン 5CV タイプ C3(1925年、フランス)
「フランスのフオードでありたい」と語ったアンドレ・シトロエンのヒット作。
個性的な後部形状から日本では”セミ”と呼ばれた。
アイキャッチ効果のある宣伝をしたことでも知られる。
(現地説明板より)

仕様
ホイールベース  2、350mm        
エンジン型式   水冷直列4気筒 Lー頭型
総排気量     856c㎥        
 最高出力     11ph(8kw)        

参考値
全長   3、377mm
全幅   1、339mm
全高   1、695mm
車両重量  587kg 
(現地説明板より)

創業者アンドレ・シトロエンはフォードにならった量産方式をヨーロッパに初めて採り入れて、
大衆車メーカーを目指して生産を開始しました。
1922年、大型車の機能と構造をそのまま小さくしたヒット作である
このタイプC、通称5CVを送りだします。
ボディの後ろがボートのようになっており、わが国では”セミ”と呼ばれました。
レモンイエローのボディの色はレモンのフランス語のシトロンに引っかけたものです。
シトロエンは当時、飛行機雲で空にシトロエンの文字を書いたり、
エッフエル塔に25万個の電灯を使ってシトロエンの大文字をライトアップしたりと
奇抜な宣伝をしたことでも有名です。
トヨタ博物館 「車両解説ガイド」 より)

 

世界の王族や大富豪に愛用された高級車
28.ミネルバ
 30CV (1925年 ベルギー)

ミネルバ 30CV (1925年、ベルギー)
全世界の王族や大富豪に愛用されてたベルギーの名車。
アメリカの上流階級やハリウッドでもステイタスとされた。
女神のマスコットと美しい曲面のラジエーターシェルが印象的。
(現地説明板より)

ローマ神話に出てくる女神の名に由来するミネルバ
ローマ神話に出てくる芸術や戦術の女神の名に由来するミネルバは、
かってロールス・ロイスやデイムラー、イスパノスイザ、メルセデスなどに匹敵する
高級車として名を馳せ「自動車の女神」とうたわれたベルギーの名車です。
女王のマスコットと美しい局面のラジエーターが印象的で、各国の車体メーカーが競って腕をふるい、
多くの名車をつくりだし、品質の良さと高性能から高い評価をえました。
トヨタ博物館 「車両解説ガイド」 より)

仕様
ホイールベース  3、706mm           
エンジン型式   水冷直列6気筒スルーブバブル
総排気量     5、340c㎥           
最高出力    不明ph(不明kw)        

参考値
全長   5、239mm
全幅   1、784mm
全高   1、940mm
車両重量  2、248kg 
(現地説明板より)

世界の王族や大富豪に愛用された高級車
ミネルバは全世界の王族や大富豪に愛用され、特にアメリカの上流階級やハリウッドでは
格別のプレステージを誇った高級車でした。
ミネルバ社が出来たのは古く、1897年のことで自転車の生産からスタートしました。
やがてオートバイ、次に三輪車、そして本格的に自動車をつくり始めたのは1904年からでした。
1910年からはイギリスのデイムラーに続いてナイト式スリーブバブルエンジンを
採用した大型車を生産し始めました。
トヨタ博物館 「車両解説ガイド」 より)

 

量産レーシングカーとして大成功
29.ブガッティ タイプ35B (1926年、フランス)

ブガッティ タイプ35B (1926年、フランス)
独創性と美学で芸術的な設計を残したエットーレ・ブガッティの代表作。
量産レーシングカーとして大成功を収めた。
ホィールやシャシーなど構造的にも興味深い一台。
(現地説明板より)

仕様
ホイールベース  2、400mm                    
エンジン型式   水冷超k列8気筒OHC。スーパーチャージャー
総排気量     2、262c㎥                    
最高出力    130ph(96kw)                 

参考値
全長   3、820mm
全幅   1、506mm
全高   1、050mm
車両重量  802kg 
(現地説明板より)

量産レーシングカーとして大成功
ブガッティはフランス人として知られていますが、
それをつくったエットーレ・ブッガテイはイタリア人でした。
ミラノの芸術家の家系に生まれ、芸術家になるための教育を受けましたが、
やがてエットーレは自動車のメカニズムに興味を持ちはじめます。
エットーレ・ブガッティの作品になかで、もっとも有名なこのタイプ35は
量産レーシングカーとして大成功を収め、世界中を驚嘆させました傑作です。
トヨタ博物館 「車両解説ガイド」 より)

30.(子供用)ブガッティ タイプ 52

       ブガッティ タイプ52
 ”ベビブッガティ”として知られるブガッティタイプ52は、目を見張る活躍をしたレーシングカー、ブッガティ35を半分ほどの大きさにした、子供用電動カーである。
 最初のタイプ52は1927年に、エットーレ(ブガッティの創設者の5才の息子、ローランドのためにつくられ、ミラノの自動車ショーで披露された。
 タイプ52は1927年から1930年にかけてモールスハイムの工場で150台以上が作られ、上流階級の子どもたちにの遊び用としてだけでなく、まじめなレースにも使われたという。
 動力は12Vのモーターで、四速ギアボックスが組み込まれている。
 後輪に木製のシューを用いた拡張式ドラムブレーキを備える。
 最高時速は約18kmで、一番遅いブガッティである。
 ホイールベースは、初期モデルは1200mmだったが、レグスペースが十分でなかったため、後に1350mmに延長された。
  全長1955mm、トレッド625mm、タイヤサイズ355×45
                 (現地説明板より)

時代に取り残され引退
31.フォード T (1927年 アメリカ)

フォードAの誕生と
フォードモデルTの登場でクルマが人々の手に行き渡ると、
しだいにクルマに求められるものが時代ともに変わっていきました。
モデルTもそれに応えるために、ボディの種類を充実させるなど絶えまない変化を続け、1920年代半ばには、シボレーに対抗できるように、最新のバルーンタイヤやメッキグリルをつけたり、黒以外のボディカラーも選べるようになっていました。
引退
しかし、エンジンやギアボックス、ブレーキなどのクルマとしての基本的な部分は
1908年にでてきたままだったために完全に時代に取り残されていました。
そしてついに1927年にはライバルのシボレーに首位の座を明け渡すことになり、
その年の5月26日を最後に生産が中止されました。
トヨタ博物館 「車両解説ガイド」 より)

合理的で簡素、軽量に設計された
32.フオード タイプAのシャシー(1927年 アメリカ)

フォード モデルT シャシー
合理的で簡素、軽量に設計されたフォード モデル T のシャシーは基本設計を変えずに、
約19年間使用された、ツーリング(右の赤い展示車)やランナバウト、クーペ等約10種類のボディが載せられた。
このシャシーは、1915年(大正4)ころに創設された、わが国初の運転教習所「日本自動車学校」で、
教材として使われたもの。
2006年(平成18年)に閉館するまで、東京の交通博物館で展示されていた。
(現地説明板より)

 

1年限りの首位の座
33.
フォード モデル A (1927年 アメリカ)

フォード モデル A(1928年 アメリカ)
偉大なモデルTの後継車で全てを新設計。
性能を向上させるとともに、スタイルは上級車リンカーンに似せたこともあり人気を博した。
(現地説明板より)

新設計されたモデルA
偉大なフォードモデルTに代わるモデルAの登場は、1927年の10大ニュースに取り上げられるほどの大きな話題でした。
モデルAはフォード社のポリシーにもとづく新しい実用車としてすべてが新設計されたクルマでした。
大きな変更は、ギアシフト方式の3段トランスミッションや4輪ブレーキ、エンジンの性能アップなどがあげられます。
また、スタイルについてはヘンリーフォードの息子、エドセルが、上級モデルであるリンカーンにならった
魅力的なものを採用して人々に歓迎されました。
1年限りの首位の座
モデルAが登場した翌年の1928年にはシボレーを抜き返して首位に返り咲きました。が、
それも1年限りで、勢いのついていたシボレーを二度と抜くことはできませんでした。
トヨタ博物館 「車両解説ガイド」 より)

仕様
ホイールベース  2、628mm         
エンジン型式   水冷直列4気筒、Lー頭型 
総排気量     3、286c㎥        
最高出力     40hp(29kw)       

参考値
全長   3、851mm
全幅   1、673mm
全高   1、825mm
車両重量 1、000kg 
(現地説明板より)

前編おわり
中編成長期34.イスパノスイザ 32CV(1928年 フランス)から


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