リニア鉄道館

名古屋市港区金城ふ頭

東海道新幹線を中心に、在来線から超電導リニアまで39両の実物車両が展示されています。
その他、模型やパネル、実物を使って鉄道のしくみや歴史を体験しながら楽しく理解できる「リニア鉄道館」です。

JR名古屋駅から「あおなみ線」で25分。終点「金城ふ頭駅」から「リニア鉄道館」が見えてきます。

「金城ふ頭駅」から徒歩2〜3分で正門へ到着します。

どこが入口か分からないから探してください。

入場券は自販機で買います。
(受付嬢が二人と列を乱さないように男性が1人居ますが、旧国鉄体質そのものでした。)

大人:¥1,000 子供:¥500

改札口もチケットを卓上の小型器にかざせばOK(自動)です。
女性は退屈で仕方ないと思います。

各所に旧国鉄ルールがそのままの、贅沢な仕掛けです。

リニア鉄道館のレイアウト
エントランスホールからを経由して「シンボル展示場」「イベント広場」へと進みます。

入口を進み「シンボル展示場」へ入ります。

シンボル展示場

シンボル展示場には
C62蒸気機関車」.「300X新幹線試験電車」.「MLX01-1超伝導リニア」
3台展示されています

シンボル展示場では蒸気機関車「C62]新幹線「300X]「MLX01−1」が迎えてくれます。

C62形式蒸気機関車

   世界最高速度を記録した最大・最速の大型蒸気機関車
 急行・特急用として製作された日本で最大・最速の旅客用大型蒸気機関車。
 既存のD52形式蒸気機関車のボイラーを流用して1948(昭和23)年から総計49両が誕生、東海道本線の特急「つばめ」「はと」などの牽引に使用した。
 この展示車両(17号機)は1954(昭和29)年の木曽川橋梁(きょうりょう)の強度試験にて 129km/hを記録。
 これは狭軌における蒸気機関車の世界記録となっている。
                      (展示場説明版より)

最高速度129km/h
製造年:1948(昭和23)年 製造所: 日立製作所  全長:21475mm  自重:97.75t
(展示場説明版より)

短い煙突と斜めの汽笛
決められた高さを越えないようにするため煙突を短くし、汽笛を斜めに設置
(展示場説明版より)

大きなボイラー
D52形式の大きなボイラーを搭載し、旅客用蒸気機関車としては日本最大
(展示場説明版より)

自動給炭機を搭載
自動的にボイラーに石炭を送り込む自動給炭機を採用、これにより機関助士の給炭作業に関わる負担を軽減。
(展示場説明版より)

背の高い車体
大きなボイラーと動輪の組み合わせでボイラー中心線も日本最大(2630mm
(展示場説明版より)

大きな動輪
最高走行が可能な直径1750mmの大きな動輪
(展示場説明版より)

955形式新幹線試験電車

955形式新幹線試験電車
(通称:300X)

      最新・最良の高速鉄道システムを追求するための試験電車
 新幹線のあるべき姿を追求するためのに、1994(平成6)年にJR東海が作製した6両編成の6号車
 7年間にわたり約600回の試験運転を実施し、高速化のためのさまざまな課題を克服するためのデータが収集された。
 この展示車両は1996(平成8)年には電車方式では当時の世界最速となる443.0kmを記録した。
                       (展示場説明版より)

最高速度443km/h    定員:65名
製造年:1994(平成6)年 製造所: 日立製作所  全長:27150mm  自重:35.3t 
(展示場説明版より)

両端で異なる先頭車のデザイン
空力性能の違いを確認するため、両先頭(1号車と6号車)で異なる頭部のデザイン
(展示場説明版より)

滑らかな車体形状
車体表面の凸凹を可能な限り無くした構造
(展示場説明版より)

アルミニウム合金製車体
アルミニウム合金を使用することで軽量化を実現
(展示場説明版より)

高速走行が可能な台車
通常の新幹線より軸距(じくきょ=車輪と車輪との間の長さ)を長くし高速走行を実現
(展示場説明版より)

超電導リニア MLX01-1

超電導リニア MLX01-1

 リニア世界最高速度を記録した超伝導リニア
車両に搭載した超伝導磁石と地上に設置したコイルとの間に生じる磁力で車体を浮上させて走る超伝導リニア。
車輪とレールとの摩擦力(粘着力)に頼らないため、従来の鉄道よりも高速運転が可能である。
この展示車両は2003(平成15)年には581km/hという鉄道による世界最高速度を記録した。
(展示場説明版より)

先頭形状
ダブルカスプと呼ばれる空気抵抗の少ない先頭形状
最高速度:
581km/h

製造年:1995(平成7)年 製造所: 三菱重工業  全長:28000mm  自重:30t 
(展示場説明版より)

各車両の両側に2個、計4個の大きな磁石が付いている
(そのカバーが手造りの様で大丈夫かしら?)

超電導磁石(先頭部の磁性装置)
超高速走行を実現するための超電導磁石を車体の側面に搭載
(展示場説明版より)

沿線の両側に並ぶ固定部の磁性装置の一部が車体に近接して設置されている。

時速500k走行に耐えられるよう車体は航空機のようです
(故障時、沿線の両サイドに設置された磁性装置と車体の感覚が狭いためドアーは上下スライド式です。)

 

出入り口は在来線の新幹線より狭い!

窓も小さく航空機の様な造りでした

連結装置は隣の在来形新幹線は見えるように展示してありましたが、
リニア新幹線は見えませんでした。

「シンボル展示場」の奥に「車両展示広場」があります。

車両展示広場

車両展示場には19台展示されています

300系323形式新幹線電車

300系323形式新幹線電車

       「のぞみ」運転のために製作された300系新幹線電車
 1992(平成4)年から運転を開始した東海道新幹線「のぞみ」用として製作された300系新幹線電車の量産車。
 1990(平成2)年に誕生した300系量産先行試作車による試験走行をふまえ、細部の車体デザインや、車内設備を変更。
 JR東海所属の300系量産車は960両が製作された。
(展示場説明版より)

最高速度270km/h   定員:65名
製造年:1993(平成5)年 製造所: 日本車両製造  全長:26050mm  自重:40.7t
(展示場説明版より) 

スリムになった先頭部
試作構成にあった先頭部のふくらみをなくし、スマートなスタイルに
(展示場説明版より)

屋根の高さを50mm拡大
社内空間を拡大するため、試作編成より屋根を高くし、居住性を向上
(展示場説明版より)

さらなる車体軽減化を実施
車体構造の変更によって、300系試作編成よりもさらに軽量に
(展示場説明版より)

300系322形式新幹線電車

300系322形式新幹線電車

      270km/h運転を実現した初代「のぞみ」試作車
 1964(昭和39)年の開業時から使用した0、その後継車100系に続く3代目となる東海道新幹線電車として1990(平成2)年に誕生した300系量産先行試作車。
 270km/h運転を実現するために開発し、アルミ合金製車体やコンパクトな交流モーターの採用などによって徹底した軽量化を追及。
 高速走行、省エネルギーなどの性能が、それまでの新幹線電車に比べて大きく向上した。
                        (展示場説明版より)

最高速度270km/h     定員:75名
製造年:1990(平成2)年 製造所: 日立製作所  全長:26050mm  自重:40.9t 
(展示場説明版より)

空気抵抗の少ない先頭形状
空気抵抗軽減のため、0系・100系とは異なる先頭形状を採用
(展示場説明版より)

軽くなった台車
台車を構成する部品数を減らしたボルタレス台車を採用し軽量化を実現
交流モーター(三相誘導電動機
直流モーターよりも構造が簡単で保守が容易な小型・軽量の交流モーターを搭載
(展示場説明版より)

回生ブレーキ
 ブレーキ時にモーターで発生した電力を架線に戻し、省エネルギー化を実現
(展示場説明版より)

アルミ合金製車体
軽くて丈夫なアルミニウム合金を採用
(展示場説明版より)

922形式新幹線電気起動総合試験車

922形式新幹線電気起動総合試験車

     新幹線の線路、架線、信号をチェックする「ドクターイエロー」
 新幹線の安全走行を保つために、走行しながら架線、信号、軌道の検査・測定を行う事業用の新幹線電車。
 通常の営業列車と同じ速度での走行が可能なように0系新幹線をベースに製作され、車内には各種の測定機器が搭載されている。
 車体の色から「ドクターイエロー」の愛称がつけられた。
 展示の車両は7両編成中の7号車として運転された。
                            (展示場説明版より)

最高速度210km/h
製造年:1979(昭和54)年 製造所: 日立製作所  全長:21550mm  自重:59.0t 
(展示場説明版より)

高速での検査・測定が可能
210km/h運転で検査・測定を行える走行性能
(展示場説明版より)

編成全体で検査・測定
7両編成で架線・信号・軌道の項目ごとに検査・測定を実施
(展示場説明版より)

高精度の測定を実施
レーザー光線を使用し、架線や軌道を極めて高い精度で測定
(展示場説明版より)

観測窓などの特徴的な設備
架線測定のため天井に観測用の窓を設置。検査・測定ならではのさまざまな測定設備を搭載
架線監視
ドクターイエローの屋根には「観測ドーム」と呼ばれる窓が設けてあり、カメラおよび係員の目視により、トロリ線の磨耗やパンタグラフの集電状況などの確認を行っている。
営業列車と同じ最高速度270km/hで必要なデータの取得や監視を行える。
(展示場説明版より)

黄色を主体とした車体塗色
「ドクターイエロー」の愛称の由来となったユニークな塗装
(展示場説明版より)

100系123形新幹線電車

100系123形新幹線電車

       世界トップクラスの居住性を誇った100系新幹線の先頭車
 0系の後継車として、東海度新幹線の開業から21年後の1985(昭和60)年から営業運転を開始した100系新幹線電車の先頭車。
 100系0系をベースとしながらも、居住性の大幅な改善が図られた車両で、1992(平成4)年までに1056両が誕生
 優れた居住性は世界でもトップクラスのものとなり、編成には二階建て車両が2両組み込まれていた。

よりスマートなデザイン
 シャープな先頭部デザインと明快な塗装
(展示場説明版より)

最高速度220km/h   定員:65名
製造年:1986(昭和61)年 製造所: 日立製作所  全長:26050mm  自重:49.0t 
(展示場説明版より)

運転台にも最新機器を導入
運転台のモニター装置で、車両状態の監視と処置が可能となった。
(展示場説明版より)

客室の電光掲示板による案内表示
最新ニュースや通過駅などの情報を提供し、サービスの向上を実現
(展示場説明版より)

高い居住性を確保
大柄なシートや、落ち着きのある配色の採用で、上質の乗客サービスを実現。
(展示場説明版より)

床下機器カバーの新設
床下機器を雪などから保護するためにカバーを設置
(展示場説明版より)

100系168形式新幹線電車

100系168形式新幹線電車

            抜群の展望を楽しめた2階建て食堂車
 100系新幹線の編成中央部、8号車に連結した2階建て食堂車。
 2階が客室、1階がキッチンという構成で、大きな窓からの見晴らしを楽しみながらの食堂は、メニューがグレードアップされたこともあって、順番待ちができるほど好評であった。
 食事を楽しむためにこの車両が連結された列車に乗る人も多かった。
                             (展示場説明版より)

最高速度220km/h    定員:44名
製造年:1985(昭和60)年 製造所: 近畿車輛  全長:2500mm  自重:56.6t 
(展示場説明版より)

新幹線初の2階建て車両
2階建て車両ならではの、優れた展望が新幹線の魅力をアップした。
(展示場説明版より)

2階建て部分は一段と下がっています。
廊下の右側はキッチン部分です

1階に本格的なキッチン
1階部分はキッチンに、料理はリフトで2階へ
(展示場説明版より)

二階への階段を上がると曲面ガラスの展望で機へ出ます。

2階の廊下部分、窓の反対側が食堂です。

明るく開放的な室内
大きな曲面ガラスの窓が、乗客に開放感を与えた。
(展示場説明版より)

低重心化を目指した設計
2階の客室は肘掛などの設備を極力軽量に、低重心化で走行安定性を確保
(展示場説明版より)
(プラットホーム近くの窓は1階のキッチンの窓です)

上の窓が画面の向こうに見えます。

すぐに満席になる食堂車
食堂車は始発駅で乗車するとすぐに満席になるので、めったに利用できませんでした。
(展示場説明版より)

0系21形式新幹線電車

0系21形式新幹線電車

   世界で初めての200km/h運転を実現した初代新幹線電車
 1964(昭和39)年に開業した東海道新幹線で、開業時から使用した0系新幹線と同型の先頭車(1号車)。
 東海道新幹線は世界で初めて最高速度210km/hでの営業運転を行い(その後220km/hで運転)、東京と新大阪の間を3時間10分で結んだ。
 0系新幹線電車はその後20年以上の間に3216両が製作され、2008(平成20)年まで活躍を続けた
 東海道新幹線では1999(平成11)年までしようした。
                          (展示場説明版より)

最高速度220km/h   定員:75名
製造年:1971(昭和46)年 製造所: 汽車製造  全長:25150mm  自重:57.6t
(展示場説明版より) 

0系36形式新幹線電車

0系36形式新幹線電車

       博多開業に合わせ営業が始まった食堂車
 1975(昭和50)年の新幹線は形開業に合わせて製作された食堂車。
 それまで、新幹線にはビュフェ(簡易食堂)しかなかったが、れ船が博多まで延伸し、乗客が車内で過ごす時間が長くなったことから、初めて本格的な食堂車が製作された。
 36形式は99両製作され、編成に組み込まれて1999(平成11)年まで使用したあと、2000(平成12)年に廃車となった。
                          (展示場説明版より)

最高速度220km/h
製造年:1975(昭和50)年 製造所: 日立製作所  全長:2500mm  自重:56.6t 
(展示場説明版より)

食堂車

その頃はまだ車輌の揺れが激しくコックは大変だったと思われる。

ギャレイ

 

発車すると、すぐに満席になった食堂車。
(指定席券のない人はそのまま目的駅までコーヒー1杯で粘る人も居た)

クハ381形式電車

クハ381形式電車

     曲線の通過速度を向上させる「振子式」を初めて採用
 曲線区間を通過する際に車体を傾けることで、より高速の運転を可能にした「振子式」システムを始めて採用した特急形電車。
 381系1973(昭和48)年の中央線・篠ノ井線電化時に名古屋〜長野間の特急「しなの」としてデビュー 曲線通過速度を25km/h向上させる優れた性能を発揮。
 「振子式車両」の実力を示した。
                          (展示場説明版より)

最高速度120km/h   定員:60名
製造年:1973(昭和48)年 製造所: 川崎重工  全長:21300mm  自重:34.0t 
(展示場説明版より)

床下クーラーなどで低重心化
 高速運転のために、重心がひくくなるよう、大型の機器は床下に装備。
(展示場説明版より)

国鉄営業用車両初の振子式電車
 車両が内側に傾き、高速で曲線区間を通過することが可能な振子式車両
(展示場説明版より)

アルミ合金製車体で軽量化
 鉄より軽いアルミ合金を採用
(展示場説明版より)

キハ181形式気動車

キハ181形式気動車

       高出力エンジンを搭載、山岳線路でも高速運転
 1968(昭和43)年から158両が製作されたキハ181系特急形気動車の先頭車。
 従来型車両から大幅にパワーアップした500馬力エンジンを搭載し、勾配区間の高速運転を実現。
 名古屋〜長野間運転の特急「しなの」でデビュー。
 北海道を除く全国で活躍し、特急のスピードアップに貢献した。
                            (展示場説明版より)

最高速度120km/h    定員:52名
製造年:1968(昭和43)年 製造所 :富士重工業  全長:21300mm  自重:44.6t 
(展示場説明版より)

          パワーアップした500馬力エンジンを搭載
 従来型車両から大幅にパワーアップした500馬力エンジンを搭載し、勾配区間の高速運転を実現。
 名古屋〜長野間運転の特急「しなの」でデビュー。

モハ52形式電車

モハ52形式電車

         流線型デザインで一世を風靡(ふうび)
 京阪神間の急行用として、1936(昭和11)年から1937(昭和12)年にかけて12両が製造された電車の先頭車。
 車体は当時の世界的な流行となっていた流線型デザインを採用し「流電」の愛称でも親しまれた。
 明るいツートンカラー、固定編成での運転も、それまでの国鉄(当時鉄道省)電車の常識をくつがえすものとして大きな話題となった。   晩年は飯田線で使用していた。
                          (展示場説明版より)

最高速度95km/h  定員:134名
製造年:1937(昭和12)年 製造所: 川崎車両  全長20000mm  自重:47.9t 
(展示場説明版より)

流線型の車体デザイン
製造当時の世界的な流行だったデザインを採用
(展示場説明版より)

固定編成の採用
急行用の4両固定編成を前提とした設計
(展示場説明版より)

内装は勿論、床板も木製

斬新な塗装
当時の常識をくつがえした、明るいツートンカラー
(展示場説明版より)

床下機器カバーの導入
走行性能を減少させるために機器カバーを取り付け
(展示場説明版より)

最新のベアリングを導入
高速運転を目指し、台車の軸受けに当時最新のコロ軸受けを採用
(展示場説明版より)

クモハ12形式電車

クモハ12形式電車

                           鉄道省初の鋼製電車
 鉄道所が製造した最初の鋼製電車モハ30形式を改造し、1両でも運転が可能なように車体の両端に運転台を取り付けた形式。
 クモハ12041は幾度(いくたび)か改造を経た車両で、主に京浜線で使用された後、国鉄浜松工場で入れ替え牽引(けんいん)に使用されていたクモヤ22112を1987(昭和62)年に旅客用に再改造。
 2002(平成14)年まで使用した。
                             (展示場説明版より)

最高速度95km/h   定員:102名
製造年:1927(昭和2)年 製造所: 汽車製造  全長:?????mm  自重:??t 
(展示場説明版より)

前後に設置された運転台
利用者の少ない区間で1両のみの運転ができるよう車両の前後に運転台を設置
(展示場説明版より)

吊掛式と呼ばれる駆動方式を採用
車軸と台車枠で支持したモーターの回転力を車軸に伝える方式
(展示場説明版より)

車体は鋼製、室内は木製
車体の外側は強度がある鋼板で、内側は加工が容易な木材を使用して製造された。
(展示場説明版より)

自動戸閉(とじめ)装置を採用
乗務員室にあるスイッチの操作で、全てのドアーを一斉に開閉することが可能
(展示場説明版より)

車体外版にはリベットを使用
車体に使用した鋼板の接合にリベットを使用。ゴツゴツとした外観になった。
(展示場説明版より)

クハ111形式電車

クハ111形式電車

                 東海道本線で最初の新性能近郊形電車
 走行音が静かなカルダン駆動など、斬新なシステムをいくつも採用した「新性能電車」と総称された電車群の中で、国鉄が東海道本線などの中距離輸送として開発した111系電車の先頭車。
 1962(昭和37)年に運転を開始し、電動車は後に出力が増強されて113系へ発展。
 近年まで輸送力の一線で活躍した。
                              (展示場説明版より)

最高速度100km/h   定員:116名
製造年:1962(昭和37)年 製造所: 日本車両製造  全長:20000mm  自重:29.6t
(展示場説明版より)

新しい近郊形電車として誕生
通勤ラッシュ時の混雑緩和として誕生。全国の直流区間での代表する顔となった。
(展示場説明版より)

 正面に貫通扉を設置
車両の前面にも扉をつけて運転台を通り抜け可能に、増結も簡単に行える。
(展示場説明版より)

セミクロス式のシート配置
扉付近にはロングシート、扉間の中央部にはクロスシートを配したセミクロス式を採用
(展示場説明版より)

乗り降りがスムーズな両開き扉
1,3m幅の両開き扉を片側に3ヶ所設置
(展示場説明版より)

湘南色の採用
湘南色と呼ばれる美登里とオレンジのツートンカラー
(展示場説明版より)

モハ1形式電車

モハ1形式電車

       電車の始祖 大正時代に製作された木造電車
 鉄道省が1921(大正10)年から製作した木製車体の電車。
 それまでの木製電車と違い運転席が仕切り壁にて独立。
 京浜線、中央線などで運転され、通勤電車の標準となった。
 1938(昭和13)年に三信鉄道(現飯田線、1953(昭和28)年には大井川鉄道へ払い下げられ、
 その後1994(平成6)年にJR東海が譲り受け、鉄道省時代の姿に復元した。
                          (展示場説明版より)

最高速度95km/h   定員:104名
製造年:1922(大正11)年 製造所: 汽車製造  全長:6790mm  自重:36.1t 
(展示場説明版より)

木製の車体
金属加工技術が未発達の時代、車体は木で製作された。
(展示場説明版より)

独立した運転席と大型の客室扉
 運転席と客室の仕切り壁にガラス窓を設置、スムースな乗降ができるように大型の扉が片側3ヶ所に設けられた。
(展示場説明版より)

古典的な二重屋根
 明かりとりの窓を設けるために二重屋根を採用した。
(展示場説明版より)

3等車を示す赤帯
 車体側面の赤帯は、この車が3等車であることを示した。
(展示場説明版より)

車体の変形を防ぐトラス棒
 トラス棒のバックルを締めることで、反りが生じる木製車体を正しい形に保つ。
(展示場説明版より)

外装全てが木製であることが良く分かる

FE58形式電気機関車

FE58形式電気機関車

                  戦後の代表的な旅客用電気機関車
 1946(昭和21)年から172両が製作された旅客用電気機関車。
 1952(昭和27)年製造の後期形から流線型車体を採用。
 のちに前期形も流線型車体の改良された。 特急列車の牽引にも使用され、戦後の花形として活躍。
 東海道本線の全線電化完成時には特急「つばめ」「はと」を牽引し、その後はブルートレインから荷物列車まで幅広く活躍した。
                            (展示場説明版より)

最高速度100km/h
製造年:1958(昭和33)年 製造所: 三菱電機・新三菱重工  全長:19900mm  自重:115.0t 
(展示場説明版より)

近代的な流線形の車体
 それまでの箱形の車体から、スピード感のあるスタイルにイメージチェンジ。
大柄な車体長
車体超は19900mm、大型の電車1両分に相当する長さ。
(展示場説明版より)

ベアリング付台車を本格採用
当時の最新技術であったコロ軸受を使用した台車を採用
(展示場説明版より)

暖房用蒸気発生装置
客車暖房用の蒸気発生装置を搭載
(展示場説明版より)

車体に多彩な塗料を採用
茶・青・ライトグリーンなど、さまざまな車体色があった。
(展示場説明版より)

スハ43形式客車

スハ43形式客車

          戦後新設計された標準形の3等寝台車
 戦後に新設計された、従来車両に比べ著しく居住性が改善された3等客車。
 従来の客車よりもシート間隔を15mm拡大。
 天上灯は従来方式の1列から2列として車内が明るくなった。
 このほか窓側座席への肘掛けの新設や通路側座席への頭もたれの新設など居住性を重視した。
 新製直後は特急「つばめ」にも使用された。
                          (展示場説明版より)

切妻形と呼ばれるすっきりした車体でデザイン
 車体の端面(妻面と呼ぶ)がまっすぐ作られたすっきりとしたデザイン

大きな窓
オハ35形式以来の1000mm幅の大きな窓を採用

 定員:88名
製造年:1954(昭和29)年 製造所: 新潟鉄工  全長:20000mm  自重:33.0t 
(展示場説明版より)

巻き上げ式のカーテン
窓のカーテンは従来の鎧戸式から巻き上げ式の使いやすいものに

広いシート間隔
シートの間隔を1455mmから1470mmに拡大

乗り心地のよい台車
新幹線でも使われているウイング式と呼ばれる軸型の支持方法を採用

ED11形式電気機関車

ED11形式電気機関車

            東海道本線電化のための輸入車
 東海道本線の東京〜国府津(こうず)間電化と、横須賀線の電化に備えて、1923(大正12)年にアメリカのゼネラル・エレクトリック社から輸入した小型電機機関車のうちの1両
 まだ電気機関車を国産することができなかった鉄道省が、さまざまな形式を試験的に輸入したうちの1形式で、晩年は浜松工場で構内入換用として使用した。
                           (展示場説明版より)

 外国から輸入したサンプル機
 性能比較のため、同時期に3ヶ国(米・英スイス)から4形式、合計8両が輸入されたもものの1両
(展示場説明版より)

最高速度65km/h
製造年:922(大正11)年 製造所 :ゼネラル・エレクトリック  全長:11275mm  自重:59.6t 
(展示場説明版より)

アメリカGE社の電気機関車
 GE社1878年創立、エジソンの研究室をルーツとする老舗
(展示場説明版より)

正面に設置された出入口扉
乗務員はデッキを経由して、車体の正面から運転台に乗る。
(展示場説明版より)

ED18形式電気機関車

ED18形式電気機関車

         東海道本線で活躍の後、飯田線へ転出
 
東海道本線電化に備えて、1923(大正12)年イギリスから輸入された1040形を、飯田線に使用するために改造して誕生した2両のうちの1両
 台車の中央に遊輪(ゆうりん)を1軸追加し、それぞれの車軸にかかる重量を軽減。
 飯田線などの支線での使用を可能にした。
 1970年代に廃車となった後、1992(平成4)年にJR東海が2号機を整備して復活。
 2005(平成17)年までイベント列車などで使用した。
                              (展示場説明版より)

最高速度65km/h
製造年:1923(大正12)年 製造所: イングリッシュ・エレクトリック  全長:12400mm  自重:65.86t 
(展示場説明版より)

イギリスからの輸入機関車
 まだ電気機関車を製作する技術がなかった鉄道省がイギリスから輸入
(展示場説明版より)

遊輪1軸を追加した台車
モーターの回転力が伝わる動軸の中間に、車体重量を支える輪軸を追加
(正面の四角い軸受けカバーの軸)
(展示場説明版より)

明かり採り用の小窓
車体側面の小窓は機械室の明かり採り用、小さくても実用性は十分。
たくさんの通風口が並んだ側面
機械室の通風口が並び、鎧のようなスタイルの車体側面
(展示場説明版より)

改造前は中央線などで使用
改造前のED17形のじだいには電化直後の中央線などでしようされた。
(展示場説明版より)

C57形式蒸気機関車

C57形式蒸気機関車

        近代型蒸気機関車のスタイルを決定づけた機関車
 主要路線で運転される旅客列車を牽引することを目的に、1937(昭和12)年から総計201両が製作された蒸気機関車。
 ボイラー、動輪などの改良によって、中型の機関車ありながら高い性能を誇る。
 扱いやすい機関車としてその足跡は全国に及んだ。
 直径1750mmという大きな動輪と細身のボイラーは、バランスのとれた美しさでも評価が高い。
                            (展示場説明版より)

最高速度100km/h
製造年:1940(昭和15)年 製造所 :三菱重工  全長:20280mm  自重:79.7t 
(展示場説明版より)

ボイラー圧力を約15%向上
高い蒸気圧(1、57MPa)のボイラーを採用し、機関車の出力を向上
(展示場説明版より)

美しいプロポーション
大きな動輪と細身のボイラーが生んだ美しいスタイル。
(展示場説明版より)

歪みにくい構造のボックス車輪
それまでのスポーク車輪に変わるボックス車輪は、その後の標準となった。
(展示場説明版より)

お召列車用の装飾
天皇陛下がご乗車になるお召列車を牽くため、各部を美しく装飾
蒸気機関車時代の幕引き
C57形式は、1975(昭和50)年に蒸気機関車では最後の定期旅客列車を牽引
(展示場説明版より)

機関室

ホジ6005気動車

ホジ6005気動車

            1両だけで走れる、現代の気動車の始祖
 蒸気自動車とは、車体の片側に蒸気機関車と客車の機能を1両に集約して1両運転を可能にした車両。
 明治末期からローカル線で使用され、当時は「自働車」と呼ばれいたが、のちに「気動車」と名称が改められた。
 ホジ6014は1913(大正2)年製。
 「工藤式」戸呼ばれる機関走行部の着脱機構を備えた車両で、1943(昭和18)年まで関西本線などで運転された。

定員:80名
製造年:1913(大正2)年 製造所: 汽車製造  全長:15088mm  自重:23.75t 
(展示場説明版より)

屋根の上に煙突が出ている

先頭にボイラーがある

熱気は天井へ抜けるようになっているが、夏は機関手はさぞ暑かったでしょう!

機関手はボイラーの横の正面ガラスのに座る
機関助手(石炭係り)はボイラーの後ろで、足元の石炭をくべる。

ボイラーの焚口と左上に見える黒い入れ物が石炭BOX

客室もボイラーと扉1枚で熱気がひどかったと思われます。

室内照明は石油ランプ
客室の後方にも折り返し運転ができるよう運転席があります。

ボイラー下にあるピストンと動輪

室内の換気は煙が入らないよう配慮

車体のねじれを防ぐアングル

連結装置も貧弱

製造元
「大坂 汽車製造株式会社」
大正元年製造 No.19

車輪

             新幹線(300系)の車輪
 300系の車輪は直径860mm0系910mmより小さい。
 車軸は中空構造をもつ「中ぐり軸」が採用され、全体的に軽量化がはかられた。
 展示品には動力を伝える歯車装置のほか、車輪の外側には車輪と台車枠をつなぐ軸箱と軸ばねがついている。                    (現地説明板より)

               新幹線(0系)の車輪
 高速走行する新幹線の車輪には直径910mmの一体圧延車輪が当初から用いられた。
 高速走行時に起こりやすくなる蛇行動を防止するため、在来線よりも踏面勾配を1/40と小さくしている。
 (在来線1/20)                (現地説明板より)

                  ボックス車輪
 タイヤが多角形でゆがみやすい構造だったスポーク車輪にかわり、D51形から導入された車輪。
 アメリカで<BOXPOK>の名で開発され、が円周に平均に配分されゆがみにくくなりことから、その後の日本の大型蒸気機関車に採用された。
 輪心部分には軽量化のため穴があけられ、蒸気の力をつたえる主連棒と連結棒のバランスをとるため半月型のつりあいおもりが付いているのが特徴。   (現地説明板より)

                 スポーク車輪
 車輪から中心部分の輪心とレールに接する円部分のタイヤからなる。
 この輪心部分が放射状のスポークからなる車輪で、スポークの形が松の葉に似ていることから松葉車輪とも呼ばれる。
 輪心とタイヤは別々につくられ、はめこまれて使用(焼ばめ)されており、磨耗したときにタイヤ部分のみを交換することが可能である。           (現地説明板より)

            在来線の車輪一体圧延車輪(右)
 輪心とタイヤが一体に作られている車輪を一体圧延車輪と言う。
 輪心とタイヤが分かれている(焼ばめ)タイプではタイヤの緩みや欠損が生じやすいが、一体化することでこの問題を解決している。
                   在来線の車輪波打車輪(左)
 
一体圧延車輪の板部を放射状に波打たせた形状の車輪。
 波打たせることにより剛性が上がるため、板部の板厚を薄くすることができ、通常の圧延車輪より軽量化がはかれる。
                    (現地説明板より)

三つ目の展示は「収蔵車輌エリア13両)」です。

収蔵車両エリア


収蔵
車両エリアには13台展示されています

スニ30形式荷物車

スニ30形式荷物車

 定員:-----
製造年:
1929(昭和9)年 製造所: 大坂鉄鋼  全長:17000mm  自重:27.64t 
(展示場説明版より)

                     
                   鉄道省初の鋼鉄製荷物車
 鉄道省初の鋼製客車として1927(昭和2)年から製作したオハ31系客車グループに属する荷物車。
 荷物車とは旅客の手荷物を専用に運搬する車両で、貨車ではなく客車の一種とされている。
 鋼製になったことで車体強度が増した。
                            (展示場説明版より)

オヤ31形式建築限界測定車

オヤ31形式建築限界測定車

製造年1937(昭和12)年 製造所 田中車輌工業(現 近畿車輛) 全長220060mm  自重31.9t 

   線路付近の障害物の有無を走行しながら確認できる測定車
 「建築限界測定車」は、車体の周囲に接触式のセンサーを搭載し、走行しながら建築物の支障確認ができる構造となっている。
 新たに線路を敷設したとき等に使用した。
 この車両は、1959(昭和34)年にスハ32形式客車から改造によって誕生した。
                        (展示場説明版より)

オハ35形式客車

オハ31形式客車

定員:88名
製造年:
1941(昭和16)年 製造所: 日本車輌製造  全長:20000mm  自重:31.15t 
(展示場説明版より)

             国鉄鋼製客車のスタイルを確立した3等客車
 戦前・戦後に製作された3等客車で、国鉄鋼製客車の標準スタイルを確立した車両。
 ガラスの製造技術の進歩によって1000mm幅の大窓を安価に3等客車で使用可能になった。
 明るい車内は評判となった。
                           (展示場説明版より)

マイネ40形式客車

マイネ40形式客車

定員:22名(寝台)
製造年:
1948(昭和23)年 製造所: 日本車輌車  全長:20000mm  自重:44.5t 
(展示場説明版より)

                      鉄戦後初の1等寝台車
 戦後に初めて製造された1等寝台車。
 寝台をレールと並行に配置した「プルマン式」と呼ばれるものと、2人用個室4室を備えた豪華な設備。
 1948年(昭和23)年21両が製造され、東京〜九州間に運転された急行などに使用した。
 1955(昭和30)年に1等寝台が廃止されてからは、マネロ40形式2等寝台車となった。
                          (展示場説明版より)

オロネ10形式客車

オロネ10形式客車

定員:28名(寝台)
製造年:
1960(昭和35)年 製造所: 日立製作所  全長:20500mm  自重:32.5t 
(展示場説明版より)

            10系客車グループの1等寝台車(現在のA寝台車)
 1955(昭和30)年から製作された10系客車グループの1等寝台車(現在のA寝台車)。
 この客車はヨーロッパの客車を参考にした設計により徹底した軽量化を達成。
 機関車などへの負担軽減、輸送力増強が実現した。
 ヨーロッパ長の車体デザインや客車で初めて採用した空気バネ付き台車の快適な乗り心地も好評だった
                          (展示場説明版より)

キハ48000形式気動車

キハ48000形式気動車

最高速度:95km/h   定員:108名
製造年:
1956(昭和31)年 製造所: 東急車輛製造  全長:20000mm  自重:31.5t 
(展示場説明版より)

    総括制御で地方線区の輸送の近代化を実現した気動車
 複数の車両を1つの運転台で総括制御を可能にしたキハ45000形式(後のキハ17形式)のグループの一つで、両運転台・トイレ付きのタイプ。
 1953(昭和28)年から製作されたこのグループは、単車運転が常識であった気動車の複数車両による運転を可能にして地方線区の輸送力を著しく向上させた。
                           (展示場説明版より)

キハ82形式気動車

キハ82形式気動車

最高速度:100km/h       定員:52名     
製造年:
1965(昭和40)年 製造所: 日本車輌  全長:17000mm  自重:27.64t 
(展示場説明版より)

                全国に特急網を形成した立役者
 1961(昭和36)年から運転を開始した特急形気動車キハ82系の先頭車。
 特急車輌にふさわしい高い信頼性と優れた居住性を備え、またたく間に全国の非電化幹線に進出し、特急網を構築した。
 洗練された先頭部のデザインは、その後に登場するさんざまな車輌にも大きな影響を与えた。
                         (展示場説明版より)

モハ63形式電車

モハ63形式電車

最高速度:95km/h       定員:159名 
製造年:
1947(昭和22)年 製造所: 川崎車輌  全長:20000mm  自重:44.47t 
(展示場説明版より)

          都市圏輸送に貢献した戦時設計の通勤形電車
 戦時下における旅客輸送を目的に1944(昭和19)年から製作された通勤形電車で、戦時中・戦後の輸送に大きく貢献した。
 戦争による資材と熟練工の不足を補うために、車体は徹底的に簡素化された構造に設計されていた。
 1951(昭和26)年桜木町駅構内で発生した同形の列車火災事故では106名の尊い命が失われた
 これ以降、の列車の火災対策が本格的に進められた。
                          (展示場説明版より)

サロ165形式電車

サロ165形式電車

最高速度:110km/h       定員:48名 
製造年:
1967(昭和42)年 製造所: 帝國車輌工業  全長:20000mm  自重:32.8t
(展示場説明版より) 

 勾配線路を中心に活躍した165系急行形電車の1等車
 1963(昭和38)年から運転が開始された165系電車の1等車(現在のグリーン車)。
 室内にはリクライニングシートを配置して、優れた乗り心地を提供。
 大きな側窓も特徴となった。
 片側の車端部には構内入換用の運転台が設けられ、屋根の上にはヘッドライトが取り付けられている。

クモハ1165形式電車

クモハ165形式電車

最高速度:110km/h       定員:76名
製造年:
1966(昭和41)年 製造所: 等級車輌製造  全長:20400mm  自重:39.8t 

 勾配線路を中心に活躍した165系急行形電車の先頭車
 1963(昭和38)年から営業運転を開始した165系急行電車の先頭車。
 東海道本線等の平坦な区間で活躍していた153系電車をベースに勾配区間・寒冷地向けに開発され、信越本線、上越線、中央本線などで使用された。
 急行「アルプス」などの山岳夜行列車としても活躍し、当時のブームを背景に、多くの登山者を運んだ。
                          (展示場説明版より)

0系37形式新幹線電車

0系37形式新幹線電車

最高速度:220km/h       定員:38名
製造年:1983(昭和58)年 製造所: 日立製作所  全長:25000mm  自重:57.5t
(展示場説明版より) 

         より機能的に変貌した0系新幹線のビュッフェ車
 0新幹線の2代目ビュフェ車。 当初、新幹線は東京〜新大阪間を3〜4時間の乗車時間で運行していたため、ビュフェ車による供食サービスを行っていたが、1975(昭和50)年の博多延伸で7時間となるのに伴い食堂車(36形式)を導入した。
 そこで1976(昭和51)年製以降の本形式では、従来のビュフェ車の椅子を廃止し立食方式とし、あわせて多目的室や車椅子対応トイレを設置しサービス向上を図った。
                         (展示場説明版より)

0系16形式新幹線電車

0系16形式新幹線電車

最高速度:220km/h       定員:68名
製造年:
1986(昭和61)年 製造所: 日本車輌製造  全長:25000mm  自重:56.6t 
(展示場説明版より)

                  東海道新幹線0系のグリーン車
 0系新幹線のグリーン車。
 0系新幹線では普通車は1列に5人分のシートが並んでいたが、グリーン車はフットレスト付きの大型リクライニングシートを1列に4人分配列し、普通車とは別格の乗り心地を提供した。
 インテリアは落ち着いた配色でまとめられ、絨毯が敷かれた床も、普通車にはない豪華な設備として乗客の憧れの的となった。.
                          (展示場説明版より)

双頭レール

双頭レール

最高速度:110km/h       定員:48名
製造年:
1929(昭和9)年 製造所: 大坂鉄鋼  全長:17000mm  自重:27.64t 
(展示場説明版より)

双頭レール
 1872(明治5)年の新橋・横浜間の鉄道開通にあたり、イギリス製のレールが使われた。
 双頭レールとは上下左右対称の 字型のもので、磨耗すると逆さにして利用できるよう考えられていた。
 取付方法は、チェアと呼ばれる締結装置に木製クサビで固定し、ねじや釘を使って締結した。
 このレールは1873年製で旧日本石油加工株式会社(現:JX日鉱日石エネルギー株式会社)柏崎工場に貨物専用線のレールとして保管されていたもの。
                          (展示場説明版より)

次に「屋外展示場」を紹介します

屋外展示場

屋外展示場には2輌展示されています

屋外展示場

 

ケ90形式蒸気機関車

ケ90形式蒸気機関車(軽便鉄道用)

製造年:1918(大正7)年 製造所: 大日本軌道  全長:4480mm  自重:.1t 
(展示場説明版より)

         762mm軌間の軽便鉄道用の小型蒸気機関車
 1918(大正7)年に新多治見〜広見間で営業を開始した東濃鉄道で使用された蒸気機関車。
 線路幅は通常よりも狭い762mmの軽便鉄道と呼ばれていた路線で使用された。
 新多治見〜広見間は1926(大正15)年に鉄道省に買収されて、ケ90形も鉄道省所属の機関車として、1928(昭和3)年に太多線が1067mmに改軌されるまで使用された。
                      (展示場説明版より)
 

117系電車

117系電車

 名古屋都市圏の輸送を刷新した「東海ライナー」用の近郊形電車
 117系は1980(昭和55)年1月に、関西圏の新快速電車として運転を開始。
 従来の近郊形電車とは格別の居住性を提供し。「シティライナー」の愛称で親しまれた。
 1982(昭和57)年3月には名古屋地区でも運転を開始し、「東海ライナー」の愛称がつけられた。

最高速度110km/h
(展示場説明版より)

各車輌仕様
クハ117形式  製造年:1982(昭和57)年 製造所: 近畿車輛     定員:102名  全長:20280mm  自重:36.3t 
クハ117形式  製造年:1982(昭和57)年 製造所: 近畿車輛     定員:112名  全長:20000mm  自重:43.7t 
クハ116形式  製造年:1986(昭和61)年 製造所: 日本車輌製造  定員:105名  全長:20280mm  自重:30.8t 
(展示場説明版より)

 
 
 

続いてイベント広場のサイドにある「鉄道のしくみ」

RS「鉄道のしくみ」コーナー

「鉄道のしくみ」コーナーは300系323形の壁側に展示されています。

「鉄道のしくみ」コーナー全景
供給電力・給電方式・架線装置・終電装置・レール枕木などなど全ての工夫と仕掛けが展示されています。

次はイベント広場の「展示コーナー」を紹介します

「展示コーナー」

展示コーナーはイベント広場のED11電気機関車のサイドに
D「鉄道ジオラマ」・N「新幹線シミュレータ」・C「在来線シミュレータ」・
S「超電導リニア展示室」
と並んでいます

D:鉄道ジオラマ

見飽きない動き
名古屋駅を中心に新幹線列車・在来線列車が広いジオラマの中を走り回っています。

隣には各シミュレータ室が並びます。

シミュレータ運転の申し込み方法

 入館するときわたされる「シミュレータご利用案内」の抽選券で利用時間が午前中の場合は入館の際、それ以降の時間はイベント広場の抽選箱で申し込みます。
 「新幹線N700」「在来線」の各抽選券の裏にある抽選番号で抽選せれます。
 利用料金は¥500です。

「新幹線シミュレータ」

正面の大画面に走行風景画映し出され実物大の新幹線運転席がセットされています

正確に操作できるように係員が親切に指導してくれます

操作
左の銀色のレバーが「ブレーキ」
右のレバーが「駆動レバー」でスピードが出せる
一番右は前後進切り替えレバーで出発の時に前進(向うへ押す)に入れる。
足元にあるペダルは「警笛」

指定速度を数キロオーバーすると「ゲームオーバー」
正面に指定速度30kmと下の四角枠内が走行速度(現在0km)
右の半分切れた画面は指定速度と走行速度のグラフが表示され一致すればパーフエクト!

「出発」
1回の説明だけで、すぐスタート!

東京を出発すると指定速度は「270km」!
フラッシュ撮影のため画面は暗いが実際はもっと明るい
指定270kmに対して走行速度は269kmとまずは順調に走行(ok!)
(速度オーバーすると即停止し、再度の発車はできません。¥500パー)

名古屋まで15分
静岡を通過したあたり自動運転になり快適です。

終了すると正面の操作パネルに「終了証が
ブレーキのタイミングが悪く「名古屋駅」で17mオーバーでした。

C:在来線シミュレータ

こちらも係員が親切に指導してくれます

S:超伝導リニア展示室

椅子に震動と音響も伝わる。
映写室があり約5分間で時速500km/hの世界を体感させてくれます。

色んな方法でリニアの原理を解説してくれます。

リニアシアター
約5分間の走行体験ができます。 音響と椅子の振動などで実際画体感できます(無料)

二階へ上がります。
コーナーには「キッズコーナー」・「飲食コーナー」・「体験学習室」・歴史展示室」
「収蔵展示室」・「映像シアター」・「デリカステーション」などが1階の展示車輌を見下ろしながら楽しめます。

二階は吹き抜けになった1階の展示車輌が見下ろせます

一番奥に「国鉄バス第1号車」が展示されています

国鉄バス第1号車

               国内最古の路線バス
 1930(昭和5)年に、鉄道省が初めて直営による路線バス輸送を開始した。
 岡崎〜多治見間、高蔵寺〜瀬戸記念橋間で運転された。
 当時、国内を走るバスは外国製であったが、国鉄は自動車産業育成のため、国産車を採用した。
 現存する最古のバスとして、1969(昭和44)年に鉄道記念物に指定された。
                          (展示場説明版より)

最高速度210km/h    定員:20名
排気容量:4730cc 出力:42馬力  全長:6.27m  幅員:1.93m 
製造年:1930(昭和5)年 製造所: 東京瓦斯電気工業  
(展示場説明版より)

むき出しのラジエーターを飾る鉄道省の「機関車の動輪」マーク

             国内最古の路線バス
 1930(昭和5)年に、鉄道省が初めて直営による路線バス輸送を開始した際に使用された車輌。
 岡崎〜多治見、高蔵寺〜瀬戸記念橋間で運転された。
 当時、国内を走るバスは外国製であったが、国鉄は自動車育成のため、国産車を採用した。
 現存する最古のバスとして、1969(昭和44)年に鉄道記念物に指定された。
                      (現地説明板より)
 

 

2Fの吹き抜けに並ぶ各コーナーのブース

K:キッズコーナー

L:飲食コーナー

LE:体験学習室

H:歴史展示室

R:収蔵展示室

乗車券印刷機

乗車券原版

タブレット閉塞器とタブレット

T:映像シアター

DS:デリカ・ステーション

休息コーナー

お気に入りの車輌を見ながら休憩はこの場所が一番です。
(この他に無料休憩所は屋外展示車輌「117系電車」冷暖房付で開放されています)

出口

エントランスホール

ゆっくり見物できました。